涼子あるいは……
やつらの道案内人が涼子さ。あの信頼していた涼子が、裏切った。癌は涼子だった。通報者は涼子だったんだ」
金吾は冷静であろうと努力する。
「なんの物的証拠もないのに、裏切ったなどとよくも言えるな。状況証拠なぞいくら出されても驚かんぜ。裏切り者をでっち上げて、自分らのドジを糊塗してるんだ」
敵は反論してくる。
「どこがでっち上げだぁ。はっきりしすぎとるわい。新入りで内情を詳しく知っているのは山岸ただひとりだけだ。あの、誠実で、几帳面で、忠誠をつくすと誓った山岸がそんなことを、と最初は納得がいかなかった。しかし、情報が漏れている穴は、山岸以外には考えられん。
俺たちは山岸を、組合事務所出入り禁止処分にした。自宅捜索もした。携帯もとりあげて調べた。査問までした。山岸はあくまでシラを切った」
金吾はかっとなった。右手で山崎の上着の左袖をつかんだ。
「くそ。査問だとぉ? いつのことだ」
「二週間前からだ」
「から? 何度もやったってことか。昨日の夜もやったってことか!」
山崎の握り締めた右のこぶしが、金吾の右頬をねらってすばやく伸びてきた。喧嘩慣れしているな、と金吾は思いながら、上半身をそらせて避けようとしたが、拳骨が鼻の下半分を捉えた。疼痛が走る。ビリッと音がして、山崎の上着の左袖がもげかかった。
「おい、手を離せ。それに、口を慎めよ、小僧」
金吾と山崎は睨みあった。
「ほこりがたつんでな。やめてくれんかね」
背後から亭主の声が聴こえたのをしおに、金吾たちは体を正面に向けた。
山崎は語り続ける。
「こっからがお前の話になるんだから、よく聞いとけ。
俺たちは、査問にかける前に、山岸の行動を一ヶ月にわたって徹底的に調査した。しかし、警察との接点がどうしても見つからなかったんだ。俺たちは、山岸と官憲との間に仲介者がいるはずだという結論に達したんだ。警察も、直接の接触は避けたかったろう。