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涼子あるいは……

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まったくもう、どうしたんだよ。この店に来る直前に癌の宣告でも受けたのか?」
「癌よりひどいの」
金吾はあきれながら涼子を見つめた。意外なことをあっさり言うのは、涼子の魅力ではあるが、今日は金吾を困らせるだけだった。昨日は躁だった。今日は鬱か? 
涼子は、かっと眼を見開いて金吾を見つめていた。
金吾は、この見開かれた眼を四ヶ月間ほとんど毎日見てきた。この眼を見ると、高いところから飛び降りたくなる衝動、電車が来たら踏み切りをこぐって突っ伏したくなる衝動と同じ衝動に駆られる。しかしこの眼が涼子の脳への最短路の入り口だ。前頭葉まで四センチ、中脳まで八センチ。彼女の脳みその中身をもっと知りたい金吾としては眼をそらすわけにはいかない。
金吾は、急に、思いもかけずに、発作のような無力感に襲われた。
涼子という人間を少しもわかっていなかったのではないか、という疑惑が心に走った。涼子には、開けっぴろげな天衣無縫ぶりにも関わらず、不可思議さ、得体の知れなさが付きまとっていた。金吾は初めからそれを感じとってはいたが、天衣無縫のほうが涼子の本質であるとみていたから、残りは疾走する高速船にまとわりつく渦や泡に過ぎないと解釈していた。
このようにみなし、解釈してきたのが間違いだったかもしれないと金吾は疑い始めた。たくさんの確固とした一体感の記憶とは矛盾する疑惑だった。涼子に対する愛情には自信があっただけにこの不意の挫折感には当惑させられた。
さらに、金吾は涼子を分かっていなかったかもしれないが、涼子もわからせないようにしていたのかもしれない、とさえ疑った。金吾の涼子を理解しようとする意志は真剣なものだった。それが結局無効だったとすると、相手が意図的に障害を設けていたふしがある。こんな目に金吾をあわせる涼子は、金吾に対する躊躇と拒絶の気持ち、さらには悪意を持っていたのかとさえも思われた。
金吾は暗澹たる気分に陥った。憶測がここまで突っ走ってしまった結果だった。
涼子は、うつむいて、持っていた大きなバッグをテーブルの上に置き、中から愛用のノートパソコンをとり出した。
給仕にビールを二本注文してから、自嘲気味につぶやいた。
「直らないわよねえ。死ななきゃ直らん……」
金吾はぐったりしたまま耳をそばだてている。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦