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涼子あるいは……

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山崎はズボンの下に入れていた開襟シャツを引っ張り出して、はたはたと扇いだ。胴体がベルトからあふれるようにたるんでいる。不摂生が歴然としていた。右足首を左膝の上に組んでいる。左足首を右膝の上には組めないはずだ。左脚がほとんど曲がらないからだ。内ゲバのせいだとか右翼に襲撃されたからだとかの噂がある。
亭主は腰掛けて平然と新聞を読んでいた。当然、金吾たちの話は全部聴いているが、表情を変えない。こんな話を何十年も聴いてきたのだろう。またか、と思っているのだろう。しかし、金吾にとってはまたかではすまない。涼子が殺されたことが、またか、か? 金吾は、再び激してきた。今日、何度目だろうか? 冷静になれ、と自分に言い聞かす。金吾は、ものを言わない亭主の姿だけを見て、勝手な妄想をわかせ、興奮し、それを反省し、落ち着こうと努めている自分を顧みて情けなくなった。明らかにひとり相撲をとっている。
だが、金吾はカウンターに両肘をついたまま、さらに奇怪な想念に陥っていった。
組合を嫌っているだけではなく憎んでいるのなら、組合をつぶす行動もありうる。自分は、山崎の言うように、心の底では、父を自殺に追いやった組合を憎んでいるのではないか。そこは山崎が正しいのではないか。だとしたら、組合に入るのを拒否するだけでは中途半端だ。積極的に反組合的行動をとってもよかった。そのために警察と手を組むのは問題だが、憎悪が極度に強かったなら手段は選ばなかったかもしれない……
我に返る。背を伸ばし、両手を腿の上に置く。
ぼんやりしていてはならなかった。敵の、一瞬一瞬の一語一語を聞き逃してはならない。涼子の状況を話させねばならない。しかし、金吾の口から出てきたのは、涼子に関する追求の言葉ではなかった。金吾は優先順位を守れなかった。
「私が警察と手を組んでいただって? あきれるね。そういう言いがかりをつけられるのは、愉快じゃないね。私がさっきからどんなに怒っているかは、わかっているだろうが」
金吾の言葉遣いもぞんざいになってきた。相手があいてなんだから、かまわん、という心の崩れを金吾は体験したくなかったが。
「ほんとうかあ? 実はうろたえているんじゃないのか? よう、名演技!」
山崎はにやりと笑った。金吾は見透かされたように感じてぞっとした。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦