涼子あるいは……
「あなた、おかしなことをおっしゃいますね。私は袋田警部と今日初めて会ったんですよ? 名前すら聞いたことがなかったんですよ? その人物との友情や絆とはどういうことですか?」
「さあ、どうかな。もしかして直接の接触はなかったかもしれんね。しかし、岡田先生、あなた、剣道の練習だと称して、週に何回も福生署に通ってるね。警官や刑事のお友達がたくさんいるようだね」
「彼らとは、剣道場だけの付き合いです」
「われわれはそうじゃないと睨んでいるんだ。やつらはみんな剣道でも袋田と同じ流派に属していて、袋田の子分みたいなもんだぜ。あんたが袋田を全く知らなかったとは言わせないぜ」
金吾はなんだか以前に袋田という名前だけは聞いたような気がしてきた。
山崎はくぐもった声で、口を金吾の耳に押しつけるようにしてさらにつづけた。
「岡田先生、あんた、深く深く関わってたんでしょ? 山岸涼子とだけでなく、警察とも関わったいたでしょうが。
実はねえ、あんたに、組合に入れとしつこくとオルグしてきたのは、本当にあんたを入れようと思ってしてきたんじゃないのよ。むしろ、あんたがどれだけ組合を嫌っているか、その嫌悪の強度を繰り返し確かめていたんだ。
あんたの親父が組合活動でパージされて一生を棒に振ったのは先刻ご承知だ。あんた、自分の親父は組合活動の犠牲者だった、などと思ってるだろ。
あんたの親父、実は、自殺だったろう?
あっ、いいの、いいの、答えなくていいんだよぉ。
あのなぁ、俺たちは、あんたが警察と手を組んででも反組合的な行動をするほど十分に組合を嫌っているかどうかを確かめていたんだよ!」
山崎はさも憎々しげに言い放った。金吾は、山崎がそんなことを思っていたのかと、しばし呆然とした。自分はそのように見えていたのか。山崎だけでなく、アジールの組合員たちは、金吾が反組合的行動を積極的におこなってきたと思っているらしい。他人はとんでもないことを空想する、自分はとんでもなく他人の思惑に疎い……