涼子あるいは……
金吾は山崎の態度の悪さに驚いて、睨みつけた。金吾を犯人呼ばわりすることは予想していたことだ。金吾が驚いたのは、山崎自身も、涼子を論じるもう一方側としてよほどの資格があるような口をきく、その口ぶりの自信ありげな様子だった。その資格の根拠を推察してみろ、と言わんばかりの態度の悪さだった。山崎は平気で話を続けた。
「いや、きれいだったな。眼の横幅じゃなくて縦幅が5センチあったな。アレに見つめられたあと、しばらくは残像が残ったもんさ。原節子をしのいでたな。若いのに博覧強記、話題は豊富でなんにでも一家言があったね。それでいて押しつけがましいところは一切なく、人の話をよく聴いて気の利いた、的確な、ときには意味ありげな反応をしたもんだった。邪気が皆無の人だった。小さな個性には納まっていなかった。得体の知れない野生,果てしのなさ、宇宙性といったものさえも感じさせたじゃないか。アニメにあったあの山犬に育てられた女の子、長野の山から東京に降りてきたもののけ姫じゃなかったかねぇ。こんなこと君に言ってもなんと表層しか知らんやつだろうと馬鹿にされるだけだろうがね。
だめもとのストーカーがわんさといただろうね。彼女もまた、いい人なんで、わけ隔てなくやさしくしてやってたからなあ。
恋人である君は、はじめは自信たっぷりの鷹揚さで、そんなのにいちいち嫉妬するのは大人気ないと思ってはいたものの、愛の暮らしに慣れてくると、つい文句のひとつふたつも口に出してしまう。そんなこと気にしていたら仕事なんてできゃしないじゃないの、と山岸は答えただろうが、実際は結構コトが進んでいたりしてね。優しさのあまりにたいしたことない男を許してしまうということはありうるだろう? 毎日ハムを食っていると、たまには刺身も食いたくなるだろう? 男のほうは有頂天になる。あったりまえだわな。
ある日、かすかな異変で君は疑惑にとらわれる。詰問する。やったやらないの水掛け論になる。今まで我慢してきたあれやこれやがまとめて噴出する。感情が激してきて、もう、彼女のよそ見が実際にはどの程度のものだったか、なんぞどうでもよくなっちまう。大喧嘩になる。