涼子あるいは……
この手の、相手をかえては何度も口にしてきただろうようなクソ面白くもない冗談が、金吾をくつろがせるとでも思っている。過激派の活動家として何十年も生きてきた一方で、別口の世情にも通じているんだよ、とでも匂わせたげな余裕綽々たる態度に、金吾は嫌悪感をおぼえた。金吾は、いかにも俺は機微に通じているぞとみせびらかされた場合は、鼻をつまんで退散することにしている。しかし、現状況下では、退散できない。しなくてはならないことがあるからだ。
金吾は、山崎を酔っ払わせて調子に乗らせ、しゃべらせるつもりだった。言いがかりをつけられるかもしれない。絡まれるかもしれない。覚悟の上だった。相手のつまらない冗談や、個人的なうち明け話などは、上手くいなしていかねばならない。政治談議や文明批評に逸脱するのは論外だった。警察対策の相談も避け、話題を涼子に集中したかった。
テキの話を聞きながら感じる快不快に従順であろうと思った。ただし、快よりは不快に注目すること。話題のすべてが不快なものになる可能性が高いが、とにかくこの男が与えるであろう不快に、涼子解明の手がかりがある、という勘が金吾にはたらいた。なぜなら、山崎は不快のあまりに何らかの行動をしたようだからだ。その不快を再現させ、煽り立て、こちらで感じ取り、そこから山崎の涼子に対する行動の実態を探ることができそうだった。つまり、挑発するのだ。何やら袋田に似てきたな、と苦笑してしまう。
山崎は赤黒い顔を金吾に近づけてきた。大きな顔面だ。肉厚で毛穴の一つ一つが大きく、あばたの痕が散開している。眼は膨れた脂肪に埋没しているが、団子っ鼻は顔面中央で胡坐をかいている。頬は垂れて口の両脇に深い豊齢線を作りながら三重に重なる顎へと垂れ落ちている。この顔面は、生命のはつらつさがとうの昔に見切りをつけた何かの跡地にすぎない。芸者の子ならもうちょっと顔の造作がましだろうに。金吾は顔をそむけた。
ふと思う。この男は、一生ぶんのことをすでにしたと思い込み、もう、あとは、ついでとして、おまけとして、生きているのではなかろうか。この店のようにふてくされている。昔の自分がしでかしたなにごとかについて、とんでもない思い違いをいだき続けてきた疑いがある。