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涼子あるいは……

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「あ、ごくろうさまです。今日の尋問では、岡田先生が、トリ、でしたよね。当然のことですが。つい今しがたまで、ですよね。尋問は、実質的には、われわれ組合員と、岡田先生だけのためのものだったようですな。
あなたもわたしもしごかれましたなぁ。特に岡田先生に対しては念入りだったようで。あとの方たちは一人五分で放免でしたでしょ。絨毯爆撃ではなく、ピンポイント攻撃でした。袋田の野郎め、狙いすましてますなぁ。
とにかく、岡田先生、お疲れ様でした。いやまったく暑いですなあ、随分汗をかいていらっしゃる。さ、一杯」
山崎はビールの大瓶を傾けた。金吾は眼の前にならんだ、白粉がふいている薄汚いグラスをひとつとってさし出した。
「ここは、学生の時からのなじみの店でしてね。今でも週に二回は来てますわ。自分の部屋みたいなところです。狭くて、汚らしくて、臭くて。もう私自身のようで。ようまあ客が来るなと思いますがね。現に私が来てるんだから、モノ好きがいるということです。岡田先生は、もっとしゃれたところがお好きでしょうけど。ま、付き合ってやってください」
山崎は、しゃべるときに、つばを飛ばす。学生時代に機動隊員に殴られて前歯がかけているせいだ。勲章と思っているらしく治療しない。右の頬につばの飛沫が容赦なく降りかかる。
「岡田先生とさしで飲んだことは、確か、ありませんでしたよね。いや、今日は楽しみだ」
山崎は瓶を持ったまま、金吾が一杯目のビールを飲み干すのを細い眼をさらに細くしながら待っている。
「近頃は、飲み屋で大瓶を出さんようになりましたなあ。はなはだしきは小瓶ですよ。女性客が増えたので重いのは嫌がられるなどと言い訳してますがね。なにを言いやがる。昔、芸者はみんな片手で大瓶を持って注いだもんでさあ。もっとも聞いた話ですけどね。私は芸者なんてお目にかかったことはないですよ。ただしですなあ、私が芸者の子で、生まれてすぐ里子に出されたかわいそうな身の上だった可能性がないとは言いませんがね。ねえ、おやじ」
注ぎ終えたビール瓶をカウンターに置くと、山崎は亭主に語りかけた。亭主はなにも言わずに横を向いた。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦