愛を抱いて 13
岩の上は非常に滑るので、途中からビーチ・サンダルを脱ぎ、裸足になった。
しばらく進むと、急に波が高くなった。
岩の路の左側から、海水が音を立てて打ち寄せた。
我々は足元に注意を払いながら前進した。
島と陸の中間辺りまでやって来た。
「カメラを持って来れば良かったな…。」
少し余裕が出て来て、淳一が云った。
砂浜の方を振り返ると、全員が我々を見つめている様子だった。
私は彼等に手を振った。
何人かが手をあげて応えていた。
私と淳一の他に一人ぐらい、後を付いて来る者がいるだろうと思ったが、誰も来なかった。
「勇気のない奴等だ…。」
波は益々激しく打ち寄せて来た。
島はすぐ近くに見えた。
「もう少しだな…。
この分なら、何とか辿り着けそうだ。」
私がそう云った時、突然、海岸から我々を照らしていたライトが消えた。
辺りは真っ暗になった。
「…!
どうしたんだ…!?」
我々は反射的に両手を付いて、四つん這いになった。
何も見えなかった。
しばらくその場にじっとしていたが、再びライトが点く気配はなかった。
「参ったな…。」
「どうする…?」
「仕方ない…。
引き返そう。」
闇の中で、波の音だけが響いた。
我々は初めて、身の危険を感じていた。
慎重に足場を確かめながら、我々は海岸へ引き返し始めた。
「気をつけろよ…。」
全く予期せぬ事態に、私は動揺していた。
やって来た時よりも格段に遅いペースで、二人は岩の上を歩いた。
「うわっ…!」
私の前を歩いていた淳一が、足を滑らせ、身体のバランスを崩した。
彼は背中から、海の中へ落ちて行った。
「淳一!
…!」
私は叫んだ。
あっと云う間に波に呑まれ、彼の姿は黒い水の中へ消えた。
〈二五、夏合宿[前編]〉
26. 夏合宿〔後編〕 ~突然の誤算~
「淳一!」
私はもう一度呼んでみた。
真っ黒な水の中から、彼は顔を出した。
「冷てえよぉ…!」
彼は悲鳴をあげた。
「大丈夫か…?」
彼は岩の上へ這い上がろうとしたが、岩の斜面で手を滑らし、また海の中へ落ちた。
そして打ち寄せて来た波に呑まれ、再び彼の姿は見えなくなった。
しばらくして、また彼は顔を出した。
「助けてくれ…。」
彼は云った。
私は手を貸そうとしたが、上手く行かなかった。
淳一は何度も、沈んだり浮かび上がったりを繰り返して、ようやく岩の上に這い上がって来た。
砂浜へ引き返しながら、我々は何度も足を滑らせ、時々海の中へ落ちた。
やがて我々は、海岸へ向かって右側の海水はとても冷たく、反対に左側の海水は温かいという事に気づいた。
二人は満身創痍で、何とか砂浜に到着した。
「良かった…。
みんな、心配したのよ…。」
千絵が云った。
民宿では、男女別に5、6人ずつ部屋割りが行われた。
しかし眠る時には、部屋割りなど、あってなきが如しであった。
夜は連日、学年別にコンパが催された。
中には、各部屋を渡り歩いて酒を呑んでいる者もいた。
私が美穂の様子のおかしい事に気づいたのは、合宿4日目の夜だった。
私は当初、美穂が皆の前であまり私にベタベタしないでくれれば良いが、と考えていた。
しかし予期に反して、彼女は合宿の間ずっと、私のそばへ寄って来なかった。
それは私にとって好都合であり、お蔭で私は、淳一と華麗なるゲームを思う存分楽しむ事ができた。
美穂とは合宿が終われば金沢へ行く約束になっており、その時彼女にサービスすれば良いだろうと、私は思っていた。
それにしても、普段の彼女と比べれば、夏合宿に来てからの彼女の態度はどこかよそよそしく、私を避けている様にさえ感じられた。
ただ私は、きっとこちらの気を引こうという彼女の魂胆であろうぐらいに考えて、大して心に止めなかった。
私と淳一は、夜も華麗なる出逢いを求めて外へ出かけ、サークルのコンパにはほとんど参加しなかった。
しかし、その夜は、最初から1年の皆と酒を呑んだ。
「今夜は珍しいわね…。
身体の調子でも悪いの?
それとも、もうナンパに飽きちゃったのかしら…?」
千絵が私と淳一に云った。
我々は前の晩、冷たい海の水に浸かって、少し風邪気味であった。
「違う。
実はコンドームが切れちゃったんだ。
千絵、持ってたら譲ってくれないか…?」
淳一が嘯いた。
「知らないわ…。
自分で買いに行きなさいよ。
駅のそばに、自動販売機があったじゃない…。」
千絵は不機嫌そうに云った。
美穂は私から一番遠い処に座っていた。
彼女は、隣の横沢という男に寄り添う様にして、その男と愉しそうに話をしていた。
やがて酒が進むと、美穂は横沢の肩に頭を乗せて、相変わらず何か話し込んでいた。
私は彼女からわざと視線を外して、周りの者と雑談を交した。
だが、やはり、内心穏やかではなかった。
(彼女はいったい、どういうつもりだ…?)
自分の彼女が他の男と身体をベッタリ寄せ合っている姿を視るのは、気分の良いものではなかった。
美穂と横沢の様子は、次第に親密度を増していった。
私と美穂の関係は、一応サークルの者達に隠していたが、勿論知っている者も何人かいた。
私がトイレへ行った時、後から淳一も入って来て、私の隣に立った。
「おい、美穂のあの態度は、どういうわけだ…?」
淳一が云った。
「俺にも解らん…。」
「彼女と何かあったのか?」
「いや、別に…、思い当たる事はない。
8月の頭に東京で逢ってから、この合宿まで逢ってないが、その間に、あいつの気が変わったのかも知れない…。」
「まさか…。」
私と淳一は早々に宴会の部屋を抜け出し、布団の敷いてある部屋へ行った。
我々は風邪のせいで、熱っぽかった。
「さっき聞いたんだが、美穂と横沢は合宿中ずっとあの調子だったらしいぜ。
お前等の関係を知ってる者の間では、お前と彼女は切れたのかっていう話題で持ちきりだってさ。
知らなかったのは、俺達ぐらいだ…。」
布団に潜り込んでから、淳一は云った。
「お前、彼女に捨てられちまったんじゃねえだろうな…?
しっかりしろよ。」
「どうやら、そうらしい…。
横沢に乗り換えたって処だろう…。」
「美穂の奴、男を舐めてんじゃねえのか…?
はっきり彼女に確かめてみろ。」
「ああ…。
でも、彼女が態度で示そうとしてるんなら、無理に確かめる必要もないさ。」
我々が眠りに就こうとした時、壁の向う側から、母音の発声が聴こえて来た。
隣は3年の部屋だった。
4年生は就職活動のため、夏合宿には参加しないのが慣例だった。
ただ、3年生や2年生は合宿で毎晩、乱交パーティーをやっているという噂は、私も聞いていた。
「とても眠れねえや…。
ウォークマンを取って来る。
お前も聴くだろう?」
そう云って、淳一は起き上がり、廊下へ出て行った。
母音の発声は、次第に大きく、はっきり聴こえて来た。
「美穂…。」