帰郷
エピローグ
東京で一人下宿している医学部の六回生である西守篤信の自宅に一通の手紙が届いた。手書きで書かれた宛先、字を見ただけで手紙の送り主が分かる。神戸に住む篤信の幼馴染み、倉泉朱音からのものだ。
年も明け、大学の授業も始まった。篤信は留年することになり、六年と予定していた学生生活はもう一年かかることになった。学力がないわけではない、故郷の神戸では篤信を越える者は周りに誰もいなかったし、学校の成績表も模試の判定も一種類しか見たことがない。大学の講義は易しくはないが、通常なら六年で卒業出来るようにカリキュラムが組まれている。つまりは誰にも出来ないことをしている訳ではないという事だ。
そんな篤信が留年することになった――。篤信を知る人だけでなく自分も信じられなかったがその中で、一人では何も出来ない事を学んだ。今まで一人東京で精進してきた篤信であったが、その方法は間違っていたということだ。しかし去年の師走、神戸に帰り忘れ物を取り戻した篤信は現実を受け容れた。上京した六年前よりもしっかりとした眼光を取り戻して、東京に戻ってきた。
篤信は手紙を片手に上機嫌で下宿の階段を駆け上がり、誰もいない部屋に入った。躍る気持ちを押さえながら机上の鉛筆立てから鋏を抜いて、神戸からの長旅を終えた封筒の中身を解放させた。
「拝啓 西守篤信様」
アメリカ育ちの朱音には書き慣れない日本語での書き出しで手紙は始まる。彼女なりの一生懸命さに篤信の顔が自然と緩んでいる。
「あれから一月近くが経ちましたがいかがお過ごしですか?神戸では昨日、久し振りに雪が積もり駅までの坂道で大変な思いをしました。
さて、本題です。篤兄ちゃんと東京で別れてからは、きょうだい三人だけで初めての旅行となりました。その中で陽人も悠里もいつの間にかしっかりと成長していることが分かり、本当にいい機会だったと思います。この機会を提供してくれた篤兄ちゃんにはとても感謝です」
篤信は照れ笑いをしながら手紙を一枚捲った。次の手紙は三枚あって、一枚ごとに丁寧に折られている。