帰郷
「お疲れさーん」
音声のスイッチを切ったと同時に杏奈が声を出す。陽人も杏奈の表情を見て肩の力が抜けて行くのが分かった。地元のラジオ番組にギミックの三人で出たことはあるが、最初から最後まで、しかも一人で出るのは初めてで、杏奈のアシストのお陰で気楽に出来た。あっという間に収録は終り、時間が短く感じられた。
「ありがとうございました。」
「いやだ、そんな畏まらないでよ」杏奈はテンションが変わらない。「楽しかった。ホンマにありがとう」
そう言い終わらないうちに杏奈は他のスタッフに並んでヘッドホンを耳に当てた。
「これから今録音したのを編集するんよ」
質問をされる前に杏奈が回答した。
「へぇ、忙しいんだ。それも学生でするの?」
「そうよ。好きでやるからとっても楽しいよ」
杏奈はテレビや雑誌に出ても編集されて不本意な結果に終わることが多々ある現実を皮肉っているのは陽人にはそれとなく分かった。
「色々大変なんだね?」
「そんな中でも上手くやっていけるよって言ったのは陽ちゃんでしょ?」
そんな杏奈の笑顔は、陽人の表情をもコントロールするような力強いものだった。
「悠里ちゃん、アリガトね」杏奈は中腰になって悠里を強く抱きしめた。
「それで倉泉はどうなの?」気になっている親友の現状を問いかけた。
「え?ああ」兄妹の表情が柔らかくなった。「大丈夫ですよ。上手くいってると思う」
「それ聞いて安心した」杏奈は仕事では見せない素直な表情を見せた。「だったら今日撮ったラジオは帰りの車の中かな?みんなで聞いてね」
三人から同時に笑い声が出た。
「陽ちゃん」杏奈は陽人に右手を差し出した「進学しなよ。陽ちゃんには追い風が吹いてる」
「ありがとうございます――」陽人は杏奈の手をとった後、杏奈の喉元を指差すと、自分も杏奈に喉元を差されていた。
学生の学生による学生のラジオ『カレッジ・ナイト・ネットワーク』通称『CNN』を通じ、陽人は大学生というものが少し分かった。何も机に向かうだけが勉強ではなく、あらゆる活動を通じて自ら学んでいるのだと。陽人は進学について否定的であったが、自分に影響を受けたという杏奈が自分の言葉で導いている、そんな気がした。