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帰郷

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「鞍掛杏奈のカレッジ・ナイト・ネットワーク、今日は大学の放送室からお送りしています――。今年も終わりですけど、皆さんいかがお過ごしでしょうか?今晩は、鞍掛杏奈です」
杏奈も慣れた調子で喋り出す。さっき言ったように台本なんて一切見ていない。
「今週は私の地元、神戸からゲスト呼んでます。神戸を中心に活動している現役の高校生バンド、ギミックのドラムと作曲作詞を担当してる、倉泉陽人君です」
杏奈が手で合図をした。
「今晩は、ギミックの倉泉です」
「わぁ、陽ちゃん。ずっと会いたかってん」杏奈は子供のように喜んだのを見て、陽人も少し照れ笑いした。
「今日はいつものように陽ちゃんって呼ぶけどいい?」
「え?いい――、ですよ」陽人は杏奈のテンション高に緊張していた。
「この番組で、高校の後輩、私の弟分とか言って紹介したこと何回かあるんだけどね、けっこう知名度あるんだよ」
「そんなん言うたら上がってしまいますやん……」
陽人は緊張して周囲を見回した。ここにいる大学生のスタッフはみんなギミックの事を知っているようだ。自分の知らないところで名が知れているのに少し恥ずかしくなった。
「説明する前にギミックの曲かけましょうか……」
 杏奈の紹介でギミックの曲が流れる。杏奈は音声を切ったと同時に、曲に合わせて歌い出した。ギミックのファンであるのは本当のようだ。歌詞を見ずにしっかり口ずさんでいる。

「ねえねえ、陽ちゃん」
音声を切っているので、自由に話していいことを指示しては杏奈が提案をする。
「何ですか?」
「キーボードあるから、セッション出来るかな?陽ちゃん伴奏で、私が歌うの」
「面白そうですね、いいっすよ」
 スタッフの合図で杏奈は再び音声を入れた。杏奈は朱音の同級生で大親友であることや、陽人が年の差3きょうだいの真ん中で、アメリカ生まれのクォーターである事、ギミックのファンである経緯や地元神戸の音楽シーン等の紹介を個人的な繋がりを交えて簡単に説明した。
「高校生らしい元気でハードな曲だけど、陽ちゃんの音楽の入り口は意外にも……」
「ピアノなんです」
「私と同じ教室だったけど、陽ちゃん一人目立ってたもんね――」
「男子一人だけやったからでしょ?それ」 
「違うよぉ。冗談抜きに上手だったからよ」
杏奈は、陽人がかつて数々のコンクールに入賞したことを紹介した。
「ピアノは好きです、今でも。でも表現の手段として考えると、今の自分にはスリーピースが合ってると思う」
「陽ちゃんの表現したいものは?」
「どうにもならない事や思い通りにならない事っていっぱいありますよね。その度にへこんだり怒ったりして、でもどうにもならなくて――」
「あるある」
「誰にだってそんな事はあるわけで、気にしないでいよう、そんな中でも何とかなる、そんなところを表現出来たら、と思ってます」
「私は個人的に陽ちゃんの生い立ち知ってるからとても共感持てるのね、偉いよ、陽ちゃん」
杏奈は、ギミックの音楽が出来た背景にこれまでの陽人の家庭環境があり、自身の見た目や両親の離婚など、どうにもならない事を多く経験させられたことを説明した。そんな中でも道を外さず現在に至っていることを杏奈は言いたかった。というより、杏奈自身が影響を受けたのはこの点であることを伝えたかった。
「きょうだい仲は良いよね?今日も妹と一緒に来てるし」
 杏奈はガラス越しに立っている悠里の方に目を向け、悠里がここにいることを説明した。杏奈が手を振ると悠里はニコニコして両手を振り返した。「仲良しだよねぇ?」陽人が小学生の頃、まだ3、4歳の悠里を連れてレッスンに来ていたエピソードを紹介した。
「うちは母子家庭で親も姉ちゃんも仕事忙しいから妹の面倒見る人がいないだけですよ、まだ小学生なんでね」陽人はチラッと悠里の方を見た。
「小さい頃も子守りする人がいない時は、仕方なしに妹をレッスンに連れてましたね、正直邪魔な時期はありましたよ。どこ行っても横にいるんだから……。あ、今日も子守りの延長なんですけどね」
兄の笑い顔を見て顔を真っ赤にして膨れっ面になった悠里の視線が陽人の目に刺さった。
「あははは、悠里ちゃん膨れてるよ、かわいい。私もお姉ちゃんがいるけど、小さい時はどこにでも付いて行きたかったもの」
「そうですね、最近になってきょうだいがいて良かったと思えるようになってきたかな?」
 杏奈に導かれるように陽人が答えた。無意識に近いその回答は悠里の顔を冷まし、今度は陽人が赤くなってガラスの向こうから目を背けた。杏奈はその仕草を見て微笑んでいた。
 スタッフが時間経過を示す合図をした。
「それでは、陽ちゃん。アレ、OK?」杏奈は手振りで歌う仕草を見せた。
「いいっすよ。アドリブは適当で」陽人は手話で申し合わせをすると席を立って、横にあるキーボードの前に座り、簡単に試し弾きをするとOKサインを杏奈に出した。
「それではファン必聴ですよ」
陽人のキーボード伴奏、杏奈がボーカルでギミックの曲をセッションし始めた――。

 杏奈が再び音声を切ったのを確認してから、陽人は大きく息を吐いた。
「緊張しとう?」
「まあ――。凄いですね、学生だけで出来るってのが」素直な感想が陽人の口から出た。
「学生だから出来るんだよ」杏奈は笑顔で答えた。「今で半分位だけど、あとはコーナーで進めていくから楽にしててね」
陽人はこの時杏奈の言う意味が理解できなかったが緊張が解ける感覚があった。
 それからリスナー向けに、先週に発表した英文を和訳するコーナーや、50字以内で思いを纏めるコーナーなど、内容が学生らしいものへと推移して、最後にもう一曲ギミックの激しい音楽を流して番組は終了した。


作品名:帰郷 作家名:八馬八朔