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帰郷

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5 CNN



「ねえねえ、お兄ちゃん。今からどこまでいくの?」
「たぶんこの辺に……、って東京ってめちゃ交通複雑やん――」
 陽人と悠里は東京の篤信の家を出て、地下鉄に乗っている。二人とも地図を見ながら目的地を目指すのだが、どっちも方向音痴で四苦八苦している。普段兄を頼りにしている妹も今日はそう思っていないようだ。
「神戸やったら山が上ってすぐわかるのにぃ、今どっち向かってるの?」
「たぶんこっち、いや、反対。悠里も自信ないよ……」
 道に迷いながらも二人がたどり着いたのはとある大学のスタジオ兼放送室、陽人はもちろんの事、悠里のような小学生でもその名前は知っている有名な大学だ。ここに陽人が事前にアポを取っていた人物が待っている。陽人はちょっと緊張しながら放送室の戸を叩いた。
「失礼しまーす」
「陽ちゃん、久し振りぃ」
陽人を出迎えた学生であろうスラッとした細身で長身の女性は握手をして軽く抱擁をした。
「ホンマに来てくれるとは思わへんかったよ、元気しとった?」
 横で見ていた悠里は女性の動作を見て驚いていたが、その次の聞き慣れた方言に二度ビックリした。
「あら、かわいいお客さん」
女性はにこやかに悠里に微笑みかけた。陽人の時と同じように握手をしたのち抱擁をした。
 悠里はこの女性について、どこかで見たような気もするがやっぱりわからず、不安そうに兄の顔を見る。
「会ったことある人なんやけどな」
陽人は妹の顔で何が言いたいかわかったので、この女性を簡単に紹介した。
 陽人と久し振りの再会をしたのは、鞍掛杏奈と名乗る、この大学のミスコンにも選ばれたことのある現役の英文科の四回生だ。今春卒業予定であるが既にモデルや歌手として活動しており、雑誌やテレビを隈無く探したら何とか見つけられるよ、と説明する。
 実はこの杏奈は朱音とは中学からの同級生で、出席番号も常に前と後ろでいつも一緒だったほどの親友である。陽人ともピアノ教室を通じての知り合いで、彼女は同郷の人物が大好きで、ギミックの大ファンであることをラジオなどで宣言しており、陽人が自分の生き方に影響を与えたとまで言っている。
「倉泉は来ないの?」
「うーん、起こすと機嫌悪いから」
「あははは、変わってないじゃん」
冗談で言うが、杏奈も朱音が寝起きが悪いのをよく知っているようだ。
「代わりにこいつ連れてきたけど、いい?」
陽人は悠里の頭を撫でながら、神戸からやって来た経緯や、気を利かせて篤信の下宿に朱音だけを残してここまで二人で来た事を話すと、杏奈は再び笑い出した。杏奈も二人の関係や、お互いがあのような性格なので聞きたいのに聞きにくい事をよく知っているからだ。
「悠里ちゃん、大きくなったね。何年生になったん?」
「六年生です」
悠里はまだ不思議そうに杏奈の顔を見つめる。
「そっか、お姉ちゃんはこんな時から知っとうねんけどなぁ。いつも陽ちゃんと一緒にピアノ教室来てたよね?」
杏奈は打ち解けたくて、赤ちゃんを抱きかかえるポーズをしたり、陽人が子守りのついでに度々悠里を連れてピアノのレッスンに来ていた昔話をして見せた。
「……キレイな人」
「あはははは、アリガトね」
悠里が思わずこぼしたのを聞いて杏奈はまた大笑いをしては悠里を抱きしめた。本当に同郷の人物が好きなようだ。普段は現役の大学生なので理知的なキャラで売っているだけに、周囲の人はそのギャップに少々驚いているようだ。
「急な予定で来たけど、そんなんでいいの?しかも僕一人やし」
「普段は生放送やからね、いつもぶっつけ本番なんよ。録音の時も基本的に編集なしのほぼ一回どりでないと面白みないのよね」
 杏奈は簡単に説明を始めた。今から二人は『CNN』というタイトルのラジオ番組の収録を始めるのである。CNNとは『カレッジ ナイト
 ネットワーク college night network』の略のことで、学生が企画する学生による学生のための番組である。大学受験に臨む高校生や一人上京してきた大学生などを主に対象とした、音楽を紹介したりお悩み相談であったりのラジオ番組である。
 一人暮らしの淋しさや楽しさを共有したいと思って杏奈が学内で企画したものが、外部にも反響があり、同じくOBの関係者がレギュラーのラジオ番組にしたところ、これがヒットした。杏奈がそのままパーソナリティーを務める。彼女はこの番組を原点に同世代間では少し顔の知れた存在となった。
 杏奈は以前から『同郷の雄』と称するギミックをこの番組に呼びたかったが、なかなかチャンスがなかったところに、陽人に上京する機会ができたので今回の運びとなった。
「具体的にどうしたらいいの?」
「おってくれたらいいよ」杏奈はきれいな台本を見せる。形だけ作ったのが見て分かり、急な段取りで出演が決まっても問題なさそうな気がした。
「ほとんど見ないの、台本。適当に合わせてくれたら進行するから。オーケィ?」
「いいよ」
「じゃあ入って。すぐ始めるから」
「はーい、あ。悠里はそこから見てなよ」
 陽人は妹をスタッフに託して、杏奈に導かれて放送室の中に入った。置いてある機材が少し多いだけで、普段使う貸しスタジオと大きさは然程変わらない。楽器はキーボードだけが置いてある。
「それじゃ始めまーす、3、2……」
 悠里の横にいる学生が手で合図をしながら番組が進行する。手つきが慣れていて、学生が運営しているとは思えないほどだ。軽快な音楽で番組が始まる。


作品名:帰郷 作家名:八馬八朔