帰郷
陽人が手にしたのは分厚いアルバム。中を見ると、少し前の神戸の写真と、それに続いて教科書やテレビで見覚えのある、東京のあちこちの写真が綺麗に整理されていた。
「時間があるとカメラ持って近くを散策するんだ、どうだい?みんな知ってるところでしょ?」
篤信はそう言いながら、棚にある一眼レフを手に取った。
「見せて見せて」
悠里が横からせがむので、陽人はアルバムを妹に手渡して、二人でそのアルバムに見入った。
「あ、これ東京タワー、これは国会議事堂、これは靖國神社……」悠里は写真一枚一枚を見て、知っている場所を言い当てながらアルバムをめくる
「あれ……」
悠里の手が止まり、その手は陽人の腕を掴む。
「何?どこかわからんのか?」
「そうじゃなくて、これ」
「わっ、ほんまや」
二人の目に止まった写真、東京駅の駅舎を撮ったものだ。二人が注目したのは建造物ではない。
「これ、お姉ちゃんよね?」
悠里はアルバムの向きを変えて、篤信に差し出して見せた。
「どれ?ああ、そうだよ。よく撮れとうでしょ」
篤信は笑いながら悠里にアルバムを返した。写真に映る姉の顔、どこか安心した表情に悠里たちはなぜか引き込まれて手が止まった。
「うん――、お姉ちゃんいい顔してる。嬉しそうだ」
「朱音ちゃんが短大生の時、一回だけ家に来たんだ、バイクで」
「そうやったんや……」
二人はそんなに驚く様子もなかった。何せあの頃は家族みんながバラバラで、姉が単車で遠乗りするのは知っていても、具体的にどこで何をするのか聞くこともなかったし、そんな関係でもなかったからだ。ただ、陽人たちは自分の知らない間にも二人は繋がりがあったことを知って何だか嬉しくなった。
「何か、安心した……」
「何が?」篤信は不思議そうに問い掛けた。
「あの頃はね、お姉一人が奮闘してたからさ」
陽人たちが言うには家庭内が荒れていた、彼らの言う『暗黒の四年間』の頃、朱音だけが既に離れつつある家族を何とかして繋ぎ止めようと躍起になっていた。長姉であるために子の代表として父と母それぞれと話を続けて家庭を維持してきた影の功労者であることを説明した。
そのために出来なかった事がいっぱいあるのに朱音はそれを口にしない。だからこそ、ちょうどその時期に撮られたこの写真にある姉の笑顔が二人には印象深いものに見えた。
「そうだ、二人の写真を撮ってあげようか?」
篤信はアルバムを本棚に戻し、その横にある自慢の一眼レフを構える。
「そういや兄妹で写真撮ったことってないよな、悠里?」
陽人が悠里の顔を見ると、悠里も黙って頷く。
兄妹が仲良くしているのも最近のことで、かつては家族全員が永らく険悪な時期があり、二人の言う通りあの頃から家族の写真というのは一枚もない。しかし篤信はそんな時期があったことも知らず、二人の自然なやりとりを見て、陽人が妹を相手にしてなかった事が未だに信じられない。
「ごめんね、気ぃ悪くした?」
暫しの沈黙ができたことを察した篤信が謝るが、悠里は首を横に振った。
「前も言ったよ。僕たちは気にしていないし、誰も恨んでないよ」
陽人が言うと横にいる悠里も頷いていた。
「ごめんごめん。さっきのは忘れて。今、仲が良いこの時を記録しようよ」
篤信は二人の笑顔を誘いつつ、再びカメラを構えるポーズをした。
「何か恥ずかしいなぁ」
「写真撮られるのは嫌い?」
「ううん、慣れてないだけ」
とは言いながらも悠里は束ねた髪を胸の前で繰りながら嬉しそうに笑っている。陽人もはにかみながらもいつもの似合わない眼鏡を外して眼を開いたが、二人ともちょっとぎこちない。
「固くならないでよ。自然で、自然」
「写真できたらこのアルバムに加えてくれる?」
「約束するよ。二人とも大切な人だから」
悠里が篤信に問い掛けると篤信は笑顔で首を縦に振った。それを見て悠里は兄と目を合わせた。
「じゃあ喜んで協力しよっか」
陽人がそう言うと、悠里の顔が笑顔になった。篤信はその瞬間を捉えてシャッターを押した。
篤信の恩人とも言える兄妹の写真がアルバムの一枚に加わった。
「時間があるとカメラ持って近くを散策するんだ、どうだい?みんな知ってるところでしょ?」
篤信はそう言いながら、棚にある一眼レフを手に取った。
「見せて見せて」
悠里が横からせがむので、陽人はアルバムを妹に手渡して、二人でそのアルバムに見入った。
「あ、これ東京タワー、これは国会議事堂、これは靖國神社……」悠里は写真一枚一枚を見て、知っている場所を言い当てながらアルバムをめくる
「あれ……」
悠里の手が止まり、その手は陽人の腕を掴む。
「何?どこかわからんのか?」
「そうじゃなくて、これ」
「わっ、ほんまや」
二人の目に止まった写真、東京駅の駅舎を撮ったものだ。二人が注目したのは建造物ではない。
「これ、お姉ちゃんよね?」
悠里はアルバムの向きを変えて、篤信に差し出して見せた。
「どれ?ああ、そうだよ。よく撮れとうでしょ」
篤信は笑いながら悠里にアルバムを返した。写真に映る姉の顔、どこか安心した表情に悠里たちはなぜか引き込まれて手が止まった。
「うん――、お姉ちゃんいい顔してる。嬉しそうだ」
「朱音ちゃんが短大生の時、一回だけ家に来たんだ、バイクで」
「そうやったんや……」
二人はそんなに驚く様子もなかった。何せあの頃は家族みんながバラバラで、姉が単車で遠乗りするのは知っていても、具体的にどこで何をするのか聞くこともなかったし、そんな関係でもなかったからだ。ただ、陽人たちは自分の知らない間にも二人は繋がりがあったことを知って何だか嬉しくなった。
「何か、安心した……」
「何が?」篤信は不思議そうに問い掛けた。
「あの頃はね、お姉一人が奮闘してたからさ」
陽人たちが言うには家庭内が荒れていた、彼らの言う『暗黒の四年間』の頃、朱音だけが既に離れつつある家族を何とかして繋ぎ止めようと躍起になっていた。長姉であるために子の代表として父と母それぞれと話を続けて家庭を維持してきた影の功労者であることを説明した。
そのために出来なかった事がいっぱいあるのに朱音はそれを口にしない。だからこそ、ちょうどその時期に撮られたこの写真にある姉の笑顔が二人には印象深いものに見えた。
「そうだ、二人の写真を撮ってあげようか?」
篤信はアルバムを本棚に戻し、その横にある自慢の一眼レフを構える。
「そういや兄妹で写真撮ったことってないよな、悠里?」
陽人が悠里の顔を見ると、悠里も黙って頷く。
兄妹が仲良くしているのも最近のことで、かつては家族全員が永らく険悪な時期があり、二人の言う通りあの頃から家族の写真というのは一枚もない。しかし篤信はそんな時期があったことも知らず、二人の自然なやりとりを見て、陽人が妹を相手にしてなかった事が未だに信じられない。
「ごめんね、気ぃ悪くした?」
暫しの沈黙ができたことを察した篤信が謝るが、悠里は首を横に振った。
「前も言ったよ。僕たちは気にしていないし、誰も恨んでないよ」
陽人が言うと横にいる悠里も頷いていた。
「ごめんごめん。さっきのは忘れて。今、仲が良いこの時を記録しようよ」
篤信は二人の笑顔を誘いつつ、再びカメラを構えるポーズをした。
「何か恥ずかしいなぁ」
「写真撮られるのは嫌い?」
「ううん、慣れてないだけ」
とは言いながらも悠里は束ねた髪を胸の前で繰りながら嬉しそうに笑っている。陽人もはにかみながらもいつもの似合わない眼鏡を外して眼を開いたが、二人ともちょっとぎこちない。
「固くならないでよ。自然で、自然」
「写真できたらこのアルバムに加えてくれる?」
「約束するよ。二人とも大切な人だから」
悠里が篤信に問い掛けると篤信は笑顔で首を縦に振った。それを見て悠里は兄と目を合わせた。
「じゃあ喜んで協力しよっか」
陽人がそう言うと、悠里の顔が笑顔になった。篤信はその瞬間を捉えてシャッターを押した。
篤信の恩人とも言える兄妹の写真がアルバムの一枚に加わった。