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帰郷

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 車は名古屋を過ぎて、名神から東名に変わる。夜も深くなり、貨物車の割合が格段に上がってきた。それでも朱音は調子を変えずに運転を続ける。
「本当はね、戻るって聞いて正直安心したの」朱音は篤信の顔をチラッと見て、視線を前に戻す。
「このまま戻らなかったら誰だって『どうしたの?』ってなるじゃない」
朱音は前を向いたまま笑顔になった。
「もしも、もしもだよ。僕が大学辞めて帰ってきたらどうしてた?」
「もぉ、そんな質問止めて欲しいな。お兄ちゃんはお兄ちゃんよ。何も変わらないわよ」
「そうだったね。ごめんね」
「でもこれからは困ったことあったら相談してよね。神戸に戻ってきてもいいけど――」
「はい。以後注意します。反省、反省」
 朱音は篤信を掌で操れている。ドライブ出来るのは車だけではないようで、車内にいる男二人は朱音の姉御肌に従ってしっかりと注目していた。
「僕が戻ろうと思ったのは、悠里ちゃんが教えてくれたからなんだ」
篤信は後部座席で寝息をたてている悠里の顔を見た。眼鏡を掛けていない顔もかわいい。
「悠里ちゃんは、大切な人には強がったらいけないってさ。それで正直な気持ちになれた。」
 篤信は昨日の夕方の事を朱音たちに話した。
「悠ちゃんもしっかり言うこと言うようになったんやねえ」
 朱音はミラー越しに陽人の顔を見た「軽い気持ちじゃ伝わらない」と弟に言われた事を思い出したからだ。陽人は姉と目が合ってちょっと恥ずかしがって、はにかんで見せた。 
 結局のところ、陽人も悠里も同じものを見ているのかなと朱音は思った。
「とっても純粋な子だ。それでいて小さいのにしっかりしてるよ」
 篤信は助手席から腕を伸ばして、悠里の頬を突いてみた。悠里は笑顔を返すが目は閉じたままだ。
「うーん、それはどうかな?」
朱音はバックミラー越しに弟と目が合うとお互い笑いだした。
「悠里がしっかりしとうって?」
二人の話すタイミングがピッタリだ。
「篤兄は騙されとうって」
「『しっかり』はしてないよ、この子は――」朱音が冷たい笑みを見せる。
「倉泉悠里の忘れ物王伝説教えようか」
 陽人は肩に持たれて寝ている悠里の頭を動かして、意地悪にも妹が寝ている事を確かめる。
「うわぁ、悠里ちゃんのイメージ変わってしまいそう……」
篤信も苦笑いをするが、ちょっと聞いてみたい素振りをする。
「メモはマメにするんやけど、そのメモをどっかやってしまったり……」
「こないだなんか忘れ物取りに帰って、違う物持ってきて、もとの忘れ物を忘れたり……」
笑い声が聞こえたのか、寝ている悠里はしかめっ面をしながらうめき声をあげる。そこで陽人はもう一度悠里が寝ているかを確認した。
「でもね、純粋なのは当たっとうね」
ここで姉のフォローが入る。
「それは否定しない。悠里は俺たちと違って、すれてない」
「あの環境ですれてないのは奇跡に近いよ」
二人は度合いは別として、希薄な家庭の中で少なからずもすれてしまった事を認めている。姉として、兄としてまだ純粋な妹を守ってやる義務みたいなものがあることを二人は無言の内に確認し、篤信も姉弟が目で話をしている内容が理解できた。 
「悠里がいるから、ウチはうまく保っている」
「忘れ物が多いのも愛嬌の内……、今のところは」
 姉弟は悠里が寝てる事をいいことに、本人を前にして言えない事を言っては笑っていた。篤信はその中に入っていいものか考えたが、結局同じように笑った。
「大切にされてるんだ……」
 篤信は悠里の寝顔をもう一度見た。彼女の存在が年の離れた姉と兄の支えになっていることは本人は知らないだろうが、その寝顔は得意気に笑っているように見えた。



作品名:帰郷 作家名:八馬八朔