帰郷
「悠里ちゃん、悪いけど用意するから部屋で待っててよ」
篤信はそう言いながら悠里を部屋に招き入れた。悠里はキレイに片付いた部屋を一周見回す。
「ねえ篤信兄ちゃん」
悠里は壁に掛かっているいくつもの写真が重なりあって一つになった額縁を見る。これ一つで五歳の頃から上京するまでの篤信の成長と関わってきた人間関係が分かる。
「お姉ちゃんが入ってる写真が多いんやね?」
篤信は子供のストレートな言葉に照れ笑いを浮かべた。
「お姉ちゃんは大切な人?」
「そうだね。確かに『大切な人』だ」
篤信は否定せずに答えた。朱音にはハッキリ言えないのに、何故か悠里には言える。自分でも不思議に思った。
「この中に私が映ってるのってあるかな?」
「うーん、これだ。ココ」篤信はコートを羽織りながら小さく映っている悠里の写真を見つける。市内の剣道大会の写真だ。その横で着慣れない道着を着た小さな悠里が映っている。
「あ、これ。私が初めて演武に出た時のだ」懐かしそうに今よりもさらに小さい自分を指差す。
「今も剣道してるの?」
「うん」悠里は首を縦に振る「これだけは今も続いてる」
しっかりした答えが帰ってきた。
「そうだ。これを悠里ちゃんにあげるよ。小学生は三六だから……」
篤信は立ててある竹刀の束から、三尺七寸の竹刀を取り出した。
「中学生になったら三七やろうから、今から慣らしときなよ」
「わあ、嬉しい。今度悠里と勝負してよ。」
悠里は中段の構えを取った。篤信にはその構えだけでどれくらい悠里が稽古してきたかが分かる。剣先がしっかり止まっている。
「望むところだ。楽しみにしてるよ」
準備の出来た篤信は竹刀を袋に入れつつ、悠里に外へ出るよう促した。