帰郷
9 大切な人
神戸の六甲山系の麓にある西守医院は内科医の西守先生と、家でピアノを教えているママ先生と、一人息子の医大生、篤信がいる。篤信は現在医学部六回生で東京に下宿しているが、現在は神戸に帰郷している。
倉泉家の三きょうだいにとってはもう一つの家族みたいな所だ。西守先生の兄と倉泉家の母の姉が婚姻関係にあり、親世代は外縁にあたる。長女の朱音は小さい頃共働きの両親に変わって篤信同様に手厚く育ててもらい、6つ年下の長男の陽人はママ先生からピアノを習い、さらに5つ下の次女の悠里は同じくママ先生から料理を教わっている。
学校も終業式を終え、悠里は西守医院を訪ね、今日の夕飯を教えてもらいながら作っていた。篤信が上京して子育てから離れたママ先生にしてみれば、小さな悠里が訪ねて来るのが楽しみなようだ。
倉泉家が崩壊し始めた「暗黒の四年間」については朱音から西守家の耳に入った。そんな経緯から倉泉家の実情を知る西守家の方が、半ば親代わりとなって間接的に朱音たちの面倒を見ている。それに応えるかのように朱音たちは足繁く西守医院を尋ねており、飼い犬のドンは朱音たちになついているし、左利きの悠里にはわざわざ専用の包丁まで用意してあるくらいだ。
陽も暮れかかる時間になり、たまたま台所を通りかかった篤信を見つけた母は篤信を呼び止めた。
「篤信、暗いから悠里ちゃんを家まで送ってあげなさい」
「はーい……」
篤信が帰郷して半月になる。両親は帰郷の経緯を知っているが、身内のように近い存在である、倉泉家の3きょうだいには未だ本当の理由は言えないでいた。年の瀬も迫り、学校は冬休み時期に入っており、篤信の長居を怪しく思うこともなかったし、そもそも神戸では神童と言われた程の人物が東京の学生生活につまづいて逃げ帰ってきたなんて信じてくれない雰囲気があった。
そんなわけで篤信もなかなか言い出せないでいたが、それでは前に進まない事は痛いくらいわかっていた。