帰郷
ちょうどその時、ドアをノックする音が聞こえた。基彦達が帰ってきたのだろう。
「ヘコんでる時は出来なかったことを後悔するんじゃなくて、その時にやってみたい事をダメ元でもすればいいと思う。僕はそうやって自分を言い聞かせてきた」
陽人は白い歯を見せて篤信に微笑みかけ、扉のある篤信の後ろに回った。
「誰だって躓く。気にすんな、みんな同じだ。
くだらないプライドは捨てろ」
篤信は陽人の書いた歌詞が脳裏に浮かんだ。陽人は躓く度に持っていたプライドをくだらないものとして捨てたのだ。
「倉泉ぃ、今日は完売よ。完売」控室に戻ってきた基彦は千円札の束で扇子を作って高笑いだ。
「ホンマに?」
「おうよ。伝説への第一歩ってヤツよ」
今まで言うほど売れなかったCDが売れて、郁哉も満足そうな表情を見せ、空の箱をひっくり返して見せた。
「伝説って、そんな大袈裟な……」
「解散せん方が良かったかもな」
「ホンマやな、じゃあ今日から再結成か?」
三人は大笑いした。
「おーし、行くぞ!」
陽人の一声で三人は肩を組んでハドルを作り、掛け声を出しながら左右に揺れ始めた。陽人と基彦が中学の時バスケ部でやっていた試合前のチャントをアレンジしたものだ。
We're gimmick! We're legend!
そして三人はその場で回り出し、最後に雄叫びをあげて右手を高々と挙げた。
篤信は目の前にいる元気な三人を見て、仲間だからこそ生まれる力強さを感じた。陽人、基彦、郁哉の三人で結成された高校生バンド、ギミックは今解散しようとしているのだが、彼らの顔はこれから現状を打ち壊して新しい何かを始めんとするそれで、何も飾っていないのに篤信の目には素晴らしいものに見えた。
「いいなぁ、そのノリ」
横で一人輪の外にいた篤信が思わずこぼすと、それに気付いた三人から再び笑い声が出た。
「何となく、わかった」篤信は吹っ切れた顔を見せる。陽人にはそれで十分だった。
「それでいいと思う。僕も分からないもん」
篤信は、陽人がそう言っている気がした。
「篤兄、お願いがあるんだけど」
陽人はテーブルの上に置いてあった使い捨てカメラを篤信に託した。「最後なんだ。写真撮って欲しいんだ」
篤信は笑顔で頷いて、カメラを構えた。
「いくよー、せーの!」 カシャッ、
ギミックの活動は終焉を迎え、それぞれが新しいものに挑戦する旅に出た。それを見届けた篤信は、とにかく行動に起こしてみようと思った。