帰郷
ライブの最中に座っていたのは陽人だけだ。その分小さなライブハウスに詰め込まれた聴衆の顔がよく見える。同級生や先輩後輩、知った人もちらほら見かける。篤信が吹っ切れたいのなら来るだろう、陽人はそう信じていた。
予想は的中した。最後列に立っている篤信の姿を見かけた。背が高いので見つけるのは簡単だった。というのも一人だけ「ちょっと畏まった」格好が普段着の中に一人いるからだ。
ギミックを始めとする3組のバンドのライブは大いに盛り上がり、陽人は一緒に参加したバンドのギターを弾いたり、自ら歌を歌ったりとその多才振りを発揮した。この先の事は全くの白紙、しかしそれ故に思いきりがよく、陽人自身は吹っ切れていた。基彦も郁哉も昨日とは違う陽人の気持ちが理解できた。ギミックの解散を惜しむ声と、陽人のこれからを期待する声を増やして今日のライブは幕を閉じた。
ライブも終わり、控え室に残ったのはギミックの三人だけとなった。他のバンドのメンバーはいずれも社会人や大学生の先輩方で、打ち上げに行くと言って、神戸の夜の町に消えていった。高校生でありながら一度打ち上げの席に同席したことあるが、陽人はひっくり返るわ、基彦は暴れだすわ、郁哉は二人を抑えなければいけないわで、以来打ち上げには行かないことにしているし、先輩たちも無理に誘おうとしなくなった。
「終わっちまったな」
「ああ」
「みんな、ありがとな」
陽人は笑っている。吹っ切れた顔だ、ライヴの成功もあって、二人ともその顔を見て安心した。
「郁さんはいいとして、宮浦はこれからどないするの?」
「俺か?」基彦は二人の顔色を窺った。「一人でやってみたい。路上からでも何でもええけど」
「宮浦は倉泉みたいにやってみたいんだってさ」
ギミックのギターにしてメインボーカルの基彦、しかしバンドの核は陽人であって、どうしても注目は陽人に集まるし、基彦はその力を借りていたことは否定しない。基彦はそれをうらめしく思うこともなく、むしろこの機会を見て一人で挑戦したいと郁哉に相談してたことを陽人に告げた。陽人の姿勢には憧れのような共感があったという。
「そうやったんだ。でもよ、憧れの対象になるほどカッコよくないで、俺は」陽人は鼻で笑った。
「応援するよ――」そう言いながら基彦を指差した。
「んでよ……」基彦は郁哉と向き合ってから陽人の顔を見た。「俺達は、倉泉のこれからをアシストしたい」
ここ最近ギミックの関係が二対一に感じていた理由が陽人には何となくわかった。自分に合いそうなリズム隊を模索しているということか。
「やめてくれよ、恥ずかしいやん」
本当は嬉しかった。ただ素直に言いづらかった。具体的なこれからは考えていないので、二人の意向には耳を傾けてもいいと思った。
そんな中で控え室の戸を叩く音がした。三人が顔を合わせて、陽人だけが反応をした。多分ライブを見に来た篤信が陽人を訪ねに来たのだろう。
「人呼んでたんだけど、いい?」
「ああ。じゃあ俺たちCD売ってくるわ」
陽人は二人の背中を見て回顧した。人相手だから思い通りにならない、それは家の中で嫌と言う程見てきた。結局それはお互いの自分勝手であり、陽人はその環境の中で「諦めること」を覚えた。
片方が引けば丸く収まる、そこから何か見えてくる――。そうすることで陽人は最後にギミックを丸く収めたのだ。