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帰郷

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「ただいまー」
「お兄ちゃん、おかえり」
 家にいるのは5歳年下の妹の悠里だけだった。
 妹はいつも元気だ。陽人の知る限りでは自分より困難な事が多い筈なのにニコニコしている。時には能天気に見える妹だが、本当はその心の強さが羨ましい。
「悠里、今日は面白いもの貰って来たよ」
「なになに?」
そう言ってポケットからさっきの線香花火を振って見せた。
「わぁ――」悠里は無邪気に喜ぶ。
「さっそくやろうよ。」
コンロの横からライターを取って、二人は家の前にある公園に出た。

「よーし、じゃあ火つけるよ……」
 弱々しく光る線香花火、夏でも地味なのに、こんな寒い冬に見るともっと寂しく見える。いつ消えるかもわからない、風に吹かれて飛ばされそうだが、光はしぶとく、小さな音を立てて燃えている。二人の視線はその弱い光を見守るように見つめている。
「なんか、地味やな……」
光の玉が落ちるのを見て、陽人が呟く。
「でも冬に花火するのもいいね」
悠里は満更でもなく喜んでいるようだ。
「もう一本ちょうだい」
「あ、ああ」
陽人は悠里が手にした花火にまた火を付ける。花火の先から静かな光がまたこぼれ始めた。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
「何?」
「線香花火って地味だけど、私は好き」
「喜んでもらえて嬉しいよ」素直に喜んでいる妹には、捨ててあるような物を拾ってきたということは言わなかった。  
「光を見てたらね、昔のこと思い出すんだ――」
「昔のこと、ねえ……」
 悠里は視線を外さず、じっと光の玉を見つめている。一本、また一本と陽人は妹にせがまれ火を付ける。悠里はそれでも視点は変わらない。陽人も悠里の言うように、自分の過去を思い出して見た。しかし、楽しい過去というものがあまり出てこない。
 もう一本火を付けた。陽人には悠里の姿が目に入る。陽人はふと考えた。
 悠里が思い出す昔のことって何だろうか。陽人が思い当たる悠里の過去を探ってみると、すぐさま大きな罪悪感が陽人を襲った。
 家庭の不和、暗黒の四年間、父とも満足な意志疎通ができず、離婚による引っ越し、学校での冷遇……思い起こせば悠里の楽しかった過去が思い出せない、というより妹に楽しかった過去ってあったのだろうか?
「悠里、お前どんな事思い出すの?」
陽人はどうしても聞きたかった。それが妹にとって辛い答えであったとしても。
「辛かったことが多いかな―、でも……」
悠里は傍で立っている陽人の方を向く。悠里の眼鏡に花火の光が映る。
「そればっかりじゃないよ」
妹は視線を花火に戻す。陽人も花火を挟んで悠里の前にしゃがみこんだ。
「お父さんが隠れて悠里の試合を見に来てた事とか、お兄ちゃんがこっそり誕生日のプレゼント置いててくれたりとか……」
悠里が喋っている途中で火が消えた。
「お兄ちゃん、もう一本」
陽人は黙って花火を妹に手渡す。花火は再び弱い光を放つ。周囲も大分暗くなってきた。
「まだあるよ、お姉ちゃんがバイクで学校に迎えにきた事とか、悠里のご飯をお母さんが褒めてくれたり……」
悠里は陽人に「ほらほら」と言いながら頭に着けているシュシュを見せる。今年の悠里の誕生日に買ってやったものだ。そういやよく使っているのを見かける。
「よく考えたら楽しかった事もいっぱいあるね」
悠里の言葉はしっかりとして、嘘も見栄もなく、いつもの笑顔を陽人に向ける。陽人は妹に酷な質問をしたと思った自分が恥ずかしくなった。
 妹の思い出す過去とは陽人の想像していない楽しい事だった、それも些細な。もし家が平凡に過ごしていたとすれば、見落としていた、若しくはなかったかも知れない事を楽しいと言うのだ。
 楽しい事は、どんな状況でも見つけられるものだ。目の前にいる小さな妹は辛さの先にあるものを楽しいと言える、陽人にはその先が見えていない、それだけの事だ。悠里がいつもニコニコしている理由が分かるような気がした。
「そうやな、辛い事も、楽しい事もいっぱいあったな、今まで」
悠里はこくりと頷いて陽人の目を見る。
「辛かった事は忘れないよ。忘れたらまた同じ事して辛い思いするから」
日頃忘れっぽい性格の悠里が忘れないのだから、それがとても大切な事だと陽人は思った。
「辛いことは忘れない、か」
陽人は立ち上がった。そして自分自身の辛い事を思い出してみた。ギミック結成前に一人でもがいていた頃のことを。あの時は確かに孤独だった、家でも、学校でも。しかしその経験があったからこそ今がある、今はこうして何でもないことを話せるきょうだいも、ギミックの仲間がいるではないか。
「俺、間違ってなかった――」
「お兄ちゃん、何か言った?」
ちょうど花火が消える。陽人の口から言葉が漏れた。
「悠里……」
「なあに?」
悠里も立ち上がり、兄の顔を見る。さっきより元気そうな顔になっているのが悠里には分かる。
「ありがとうな」
「何が?私何もしてないけど」
悠里は笑みを浮かべた。理由はわからない、しかしお礼を言われて悪い気はしない。吹っ切れた様子の兄の顔を見てつい笑みがこぼれた。
「私もありがとうね。花火――」
恣意的ではない妹の言葉が優しい。陽人は今まで引っ掛かっていた何かが無くなり、そしてどんな状況でもうまくやっていく方法を見つけたような気がして、嬉しくなった。
「そろそろ家に戻ろうか。暗くなったし、お姉が帰ってくるよ」
悠里が花火を欲しがるが、陽人は手を止めた。今日はもう必要ないと思ったからだ。
「あと一本でいいから」悠里はそう言って陽人の袖を引っ張る。
「悠里、また今度にしよう」陽人は自分の袖をつかんでいる悠里の手を握ると、悠里は兄に素直に従った。陽人がつかんだその手は小さく冷たかったが、その分悠里の気持ちが温かいことがわかった。



作品名:帰郷 作家名:八馬八朔