帰郷
5 守りたい、でも伝わらない
「陽人、ちょっと付き合ってよ」
姉の朱音にとって弟の陽人にこう言う時はいつもそう、相談を持ち掛ける時だ。
二人はお互いのよき相談相手だ。これには姉弟の今までの育ってきた環境が影響している。
朱音は神戸生まれであるが、母親は日本人で、父親は日系二世のハーフである。彼女が4歳の時にアメリカに移住、陽人はその翌年に生まれている。それから5年、神戸に帰国。朱音は主に母親から、陽人は帰国後の日本で日本語を勉強した。
どちらが母語といわれると、現在では日本での生活の方が長いので日本語となるが、頭の中には両方の言語が並立している。だから二人の会話は、日本語で話せば英語で答え、英語で聞けば日本語が、その逆、そして混ざった言葉になり、姉弟でしか理解できない会話になることがしばしばある。言いたい事を言いたい言葉で気兼ねなく話せるのは二人だけしかいないから、相談相手になったといえよう。
複数言語を話す人にはよくある光景である。しかし、ここ日本では妹の悠里でも二人の会話が理解できないくらい変わった光景のようだ。
「今日はどうしたん?」
ヘルメットを脇に抱えて陽人は姉の様子を見る。
「何か飲む?」
「じゃあ熱いもの。やっぱ寒いよ」
二人は単車を置いて、自動販売機で買った熱いペットボトルを手でこねながら歩き出した。
朱音は家庭が荒れていた『暗黒の四年間』と言われていた頃、やるせなさの解消に採った行動が陽人は音楽であったように、朱音は単車と自動二輪免許の取得だった。単車で走れば気分が晴れ、今まであちこち単車で走り回ってきては今の自分を失わずにここまで来た。
朱音は弟を単車の後ろに乗せて、須磨の海岸まで連れてきている。二人の住む六甲からはおよそ30分、夏場は海水浴客で賑わう神戸の観光地だ。冬場は海水浴をする者はさすがにいないが、朱音たちのように海を見るだけにやって来る人はちらほらと見かける。冬場の波の音はどこか寂しく、寒い感じがする。
「お姉、元気無さそうだね」
陽人は姉の白い顔を見ただけで、今の調子が分かるようだ。並んで歩く二人、朱音の方が弟より少しだけ背が高い。
「そう見える?」
否定はしない。実際に調子が良くないからだ。
朱音は気付いていないようだが、普段はぐうたらな弟たちを叱り上げることは日常の事だがから、そうでないときは何かある。姉の性格は陽人だけでなく、妹の悠里でも分かるほど裏表が無く分かりやすい。
「篤兄の事でしょ?」
朱音が言いにくそうだったので、陽人から話題を出す。
「はぁ、私ってそんな分かりやすいかな?」
溜め息をつきながら朱音は弟の顔を見る。話題については否定をしない。
「こないだの朝と夜との違い、凄かったもん」
「凄かったって、何が?」
陽人は砂浜に転がっている空き缶を蹴っ飛ばす。
「アップダウンだよ。帰ってきた時悠里もお姉に声かけられなかったって……」
「アンタも見てるんやねぇ……」
朱音は溜め息を付く。具体的に話さなくても、弟の中では想像がついているのだろう。