帰郷
「懐かしい話やね。」
「若かったなぁ、私も――」
二人は一昨年のことを振り替える。
「今もバイクには乗ってるの?」
「うん、短大出てからは機会も減ったけどね。今度乗っけたげる、免許取って一年以上経ったし」
「何だか怖いな――」
「大丈夫だよ。悠里だって乗るよ」
談笑しながら時間が過ぎる。
「今だから言えるけど、あの時東京まで行ったのはね――」
「今だからわかるよ。本当は聞いてあげなきゃいけなかったんだね」
朱音が途中まで言いかけたところで篤信がその回答をした。
「でも、あの時の篤兄ちゃん、優しかった。だからもう良かったの」
朱音はあの時、倉泉家がもう駄目な事を言おうと思っていた。実際に両親が離婚したのはその二年後だったが、朱音はその時にはもうわかってたと言った。
「どうにもならくって逃げたくなる時って誰にもあるよね」
「うん」
篤信は朱音から目を逸らした。目の前の朱音に言っておきながら今の自分に言ってるようで、恥ずかしくなって目を合わせられなかった。
昔話で盛り上がり、時間も食事もあっという間に進んでいった。
「ところでさぁ、篤兄ちゃんは何で神戸に帰って来たの?」
十分に場は和み、話題が途切れたところで朱音はデザートを食べながら、率直に本題を切り出す。篤信も食後の珈琲を飲みながら、当然来るであろう質問に答えを用意していた。
「父さんがね、一度帰って来いよって言うから」
「それでも帰らないのが篤兄ちゃんと思ってたのになぁ」
本当の事を言う気が無い訳ではない。朱音の目を見ると篤信はやっぱり朱音に本当の帰郷の理由を言えない。朱音の何気ない言葉と咄嗟にもう一つの回答をした篤信は心が痛い。
「強いて言えば、音々ちゃんと連絡取れなくなって、正直不安になったのは、あるよ」
それでも篤信の表情はどこか冴えない。隠し事をしているように見えないけど、朱音の知る篤信とは何か違う感覚がする。
「私はね、篤兄ちゃんの力になりたい。前にも行ったよね?何か元気無さそうだから……」
朱音の好意は本当は嬉しい。いつかは分かる事なのに、目の前でガッカリする朱音の顔を見たくない。
「音々ちゃんが力になってくれるのは嬉しいよ、でも何て言うんだろう。慣れてないんだ……」
篤信の言葉で判った。朱音にとって兄のような篤信。勉強も運動も、人としての器量も朱音は尊敬している。しかし思えば追い込まれた時の彼を見たことがない、というより彼自身追い込まれたのは初めてなのだろう。初めて見る篤信の戸惑っている一面に朱音も戸惑っているのだ。
長い沈黙、二人は力のない笑顔を見せる。
「いいんだよ、無理しなくても」
朱音はそう言いはするけども、自信がないのと篤信にやんわりと遠慮されているようで悔しい。そんなに自分は篤信の力になれないのか?自分では話にならない問題を抱えているのか?悔しいのか心配なのかわからない感情が混ざりあって、朱音はどうしたらいいのかわからなくなった。そんな朱音の茶色の瞳がガッカリしているのを篤信にはっきり見えた。
再び長い沈黙が雰囲気を気まずくさせる。一方の篤信は暫く考えて、困っている朱音の顔を見て意を決めた。
「音々ちゃ……」
「ごめんなさい。私、帰るね」
朱音はこの場に耐えきれなくなり、その場を立ってしまった。自分が篤信の力になりたいと言ったのにできる自信がなく、篤信の言葉を聞くのが怖くなった。
「音々ちゃん、ちょっ……」
篤信は背中を向けて去って行く朱音を止めることができなかった。
「大事なんだ音々ちゃんのこと。大事だから言えないんだよ」
篤信は自分の優柔不断と追い込まれた時の打たれ弱さを恨んだ。