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帰郷

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「はぁ、やれやれ。今日も忙しかったなぁ……」
8月も終わりごろ、まだまだ残暑の厳しい折だ。
篤信がアルバイトを終えて下宿に戻って来た時にはすでに零時を回っていた。自転車を駐輪場に入れようとするが、今日に限って見慣れないバイクが止まってて入れにくい
「ったくぅ、誰だよ単車止めたの……」
篤信は無理矢理自転車を押し込んで階段を登ると、家の前に明からかにそのバイクの主と思われる女性がいたのだ。篤信の帰りを待ちきれなかったのか扉にもたれてウトウトしている。
「誰だよ、人の部屋の前でぇ……」
長い髪が彼女の顔を隠す。篤信は女性の肩を擦る。そして彼女の顔を見て驚いた
「えーっ?ね、音々ちゃん?」篤信は思わず大きな声を出す。その声を聞いて朱音ははっと目を開けた。
「あ、篤兄ちゃん……」
こうして二人は東京で再会した。突然なのと、半分寝ぼけているのとの鉢合わせでお互いにブレている。
 朱音はホッとしたのか、重い瞼を再び下げようとしている。
「とにかく中に入んなよ」篤信は朱音を介抱し部屋に入ると、朱音はベッドに倒れこみ、そのまま眠ってしまった。
「何だなんだ……?」この日は篤信は訳が分からず、隣の部屋で夜を明かした。

 翌朝、朱音は何もなかったかのように起き上がり、隣の部屋で朝食の用意をしていた篤信を見つけた。隣の部屋で篤信が夜を明かしたであろう跡が見てわかる。
「お、音々ちゃん。起きた?」
物音を聞いて篤信が振り返った。
「ごめんね、来てしまいました」改まって朱音が挨拶をする「そして、もう一回ごめんね。いきなり醜態晒したみたいで……」
土下座まではしないが、朱音はその場で正座した。
「ビックリしたよぉ、ホントに」と言いながら篤信は笑っている「来るなら言ってくれたらいいのに」
そう言いながら突然の来訪者に朝食を勧めた。
「でも篤兄ちゃん、来るって言ったら駄目だって言うでしょ?」
篤信は、神戸を出る時の言葉を忘れてはいない。
 大学入学から三年と半年、実家には戻っていない。家族とは出張ついでに東京まで来た両親が激励に来る程度だ。あの時から変わらず自らを律し続けていた。
 朱音のことも当然忘れてはいない。電話ではたまにやりとりしていたし、机の上にある写真がそれを無言で説明する。朱音もその存在には気付いているようだ。
「しかし、ビックリだよ。単車でここまで来たの?」
「そうよ、ほら」朱音は真新しい免許証を篤信に見せた。「私、バイクの免許取ったのよ」得意気な表情だ。
「すごいね」篤信は免許証にある朱音の顔を見つめた。神戸で別れた時より少し大人になった、写真も実物も化粧はしてないが、色が白いのは変わらない。ただちょっと表情が暗いような気がする。
「あのね、篤兄ちゃん」免許証を大事にしまい、話を続ける。
「篤兄ちゃんは『帰らない』って言ったのは私も覚えとうよ。でもね『来ないで』とは言ってないよね?」
篤信は笑い出した。自分の事態を収拾しようとしたのだが、朱音がちゃんとその用意をしてここまで来たからだ。
「確かにそうだ。来ちゃ駄目とは言ってない。しかしここまで長かったろう」
 篤信は朱音を快く受け入れることで事態を収拾することとした。
「私もハタチになったのよ。成人よ、成人。責任持って行動してきたんだからね……」
「音々ちゃんは4月生まれだもんね」
篤信はどうだいと言わんばかりの表情をする朱音の姿を改めて見た。最後に会ったのは朱音が16歳の時だ。その時の朱音がこうして篤信のもとに来るなんて想像してなかった。
 
 朱音は篤信に会いたいがためにバイクで遠路遥々東京まで行ったのだった。しかし、あの時篤信が言った『帰らない』宣言。それについて影響が出ないかと懸念したが、それは思いすごしだったようで、篤信は朱音を快く受け入れてくれた。
 しかし、朱音がここまで来た本当の理由は他にあったのだが、篤信に余計な心配をさせるからか、会えたことで満たされたのか、結局篤信に本当の事は言わなかった。
 それから朱音は、東京では二日ほど篤信と一緒に東京を案内してもらい、次の朝早くに神戸へ帰って行った――。


作品名:帰郷 作家名:八馬八朔