帰郷
朱音は三宮にある小さなレストランで篤信を待つ。意図しない会社の飲み会に参加する時くらいしか夜の町は出歩かない朱音にとって今日の気分は新鮮に感じる。普段はまだ学生の弟と妹がいるために、寄り道して夜に遊ぶことは今まで滅多になかったのも原因のひとつだ。今日は窓から道行く人の表情が見える。年齢層も様々なカップル、大きなプレゼントを持って喜ぶ子供とその両親、三角帽子をかぶってもう出来上がっている大学生のグループ――。クリスマス時期だけに、道行く人の多くの顔は嬉しそうだ。
今日の朱音はその人混みの中に綺麗に溶け込んでいた。
「ごめんよ、音々ちゃん」
朱音が着いた五分後、篤信がやって来て、窓を見て背を向いていた朱音の肩を叩く。
「わっ、ビックリした」
「待った?」
「ううん」
篤信は用意された席に座り、そして正面に座っている朱音の顔を見る。先日とは違って、ちゃんとめかし込んでいるのが分かる。
「何か雰囲気良さそうなお店やね」
「こないだ打ち合わせで来たの」
朱音はウェイターに次々注文しながら質問に答える。
「へぇ、音々ちゃんも社会人してるんだね」
「まあね。社会人経験に関しては私の方が先輩よ」
「確かに、じゃあ今日はよろしくお願いします」
食事が運ばれてきて、二人は微笑みながら会話をする。端から見れば店内にいる他のカップルとあまり変わらなかった。
「神戸で会うのは久し振りやけど、私が一回だけ東京に行ったの覚えとう?」
「モチロン、懐かしい話だ。ビックリしたよあの時は――」
篤信は高校卒業後、今まで帰郷したことはない。しかし、朱音は過去に一度だけ、不意に篤信のいる東京の下宿まで訪ねた事があった――。
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