帰郷
基彦を見送る二人、二人は並んで神戸の急な坂道を家に向かってゆっくりと下り出した。
「悠里、学校どない?」陽人は妹の様子を確かめた。いつもより少し表情が明るいのが分かる。
「どないって?」悠里は不思議そうな顔で陽人に問い返した。
「転校してから学校の話って聞かないからさ――」
二人でいると大概は悠里の方から話し掛けてくる。これは以前から変わっていない。最近二人が話をするようになったのは、陽人が耳を傾けるようになったからだ。
「ああ、そういうこと?」悠里は足を止めた。
「今日は珍しくいいことあったよ」
悠里は英語で話しかけた。その変化に今度は陽人が不思議そうな顔になった。
「アメリカ人のクラスメートがいるんやけど、英語で話が出来た」
「ちゃんと通じた?」
反射的に英語で回答した。悠里は少し間を置いてから首を縦に振った。「うん、言いたい事は言えた」
妹の顔を見て、陽人はそれ以上聞かなかった。
昨日西守医院で聞いた話で、聞かなくてもおおよその見当はつく、話し相手とその内容も。通じるだけの英語を話せるのに自信がないだけでコンプレックスを持つ妹が、自分の状況を変えるために敢えて英語で話しかけたのだから、その思い切りは褒めてあげるべきだと兄として思った。
「そうか―。偉かったな」陽人は妹の頭に手を置いた「そのうち上手く、行くよ」
兄の笑顔に応えるように、悠里も同じ顔になった。
「悠里もそう思う。何もしないで後悔したくないから、後の事は考えないで思いきって出来ることをしてみた」
「度胸あんだな、お前」
兄の目には、そう言う妹が急に成長したように見えた。
どうにもならない状況ではもがいて何かをするんだと説いたのは自分だ。ただそれには少しの思い切りが必要だ。純粋なのか単純なのか、悠里は陽人に無いものを持っている。陽人は悠里の思い切りの良さを見て、自分もあやかって見ようと思った――。
「ほんで悠里は何で教室に戻ったん?」
「あーっ!」悠里は突然声をあげた。
「何、何?」
「プリント取りに戻ったのに、そのプリント忘れた……」
「お前何しに行っとったんよ……」
陽人は冷たい笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん一緒に来てよ、お願い!」
陽人は文句を言いながら妹に手を引かれ学校まで行く羽目になったのだった……。