帰郷
「んでよ、そこで俺が――するねん」
「ホンマかいな?」
この時期になると、小学校だけでなく中学や高校も短縮授業になり、昼の通りは学生で賑わう。そんな人通りの中、陽人とバンド仲間の基彦は四方山話をしながら下校の途についていた。
二人はお互いをよく知る仲間だ。それだけにギミックというバンドの枠に関係なく言いたいことを言える関係にある。ただギミックはもう一人のメンバーである郁哉が大学受験のため近々活動休止する予定で今後の方針が決まっておらず、話題が詰まるといつもその話になる。
「倉泉は一人で活動せんよな?」
基彦の目には、陽人は曲も書けるし自ら歌うことも出来るのにバンドとしての活動に固執しているように見える。自分が陽人の立場ならそうしないから、いつも疑問に思っている。
「ないよ。一人じゃ限界あるから」
陽人は嘯くが、孤独が苦手なのを基彦はよく知っている。基彦は、陽人の家庭の事情を通して陽人の感情の推移を横から見てきた。ギミック結成前一人でもがいていた頃やバンドが案外軌道に乗って機嫌が良くなったことなど……。
「これからどうすんの?」
「今度はリズム隊を探してみようかな」
陽人は自分の希望に似た、宛の無い事を言う。ギミックはどのみち三つに別れるのだから新しい事を始めたい気はとてもある。ただ具体的に見えていないものに安心できていないだけに、強くは言えなかった。
「ま、具体的なもんは何にもないよ。」
陽人は笑顔を見せた。十年来の親友に心配掛けたくない、それは基彦に伝わっていた。
「そやな。ほな、また明日な」
坂を下った四つ辻で二人は別れる、今日も今後の話は結論が出ずじまいだった。
「ああ――?ちょっと待って」陽人は基彦の後ろにいる人を見かけて視線を基彦の後ろに移した。
「おーい、悠里ぃ」
陽人は前方に神戸の急な坂を下る小さな後ろ姿を見つけて声を掛けた。今までなら外で妹を見かけても声なんてかけなかったが、先日姉から聞かされた話を思いだ出して、兄なりに少しは心配していた。
「あの子、倉泉の妹?」
「そういや会ったことなかったっけ?」
陽人の声に気付いた悠里はニコニコしながら陽人たちの方へ駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんも帰りなん?」悠里は兄よりも20センチは上背のある基彦に自然と目線が移る。
「こんにちは――」
小さい頃から初対面の人には挨拶をするように教育されており、悠里は基彦に礼儀正しくお辞儀をした。
「あ、ああ、初めまして」
かしこまった挨拶になれていない基彦が驚いて返事をする。
「へぇ、うちの弟たちに教えてやりたいわ」
男三人の長男は間接的に弟たちに愚痴をこぼす。
「そんじゃ、まあ考えててよ」
「ああ、」基彦は陽人を指差すと、陽人も同じく基彦を指差した。二人の別れの挨拶だ。