帰郷
悠里は窓越しにサラを見つめると同時に、その表情が悠里の目に入ってきた。どことなく物憂げだ、そういえば一人でいるサラの顔を見るのは久方ぶりだが、初めて彼女と言葉を交わした時の表情もそうだった、そんな感じがした。
「どうしよう……」
悠里は戸に掛けた手を一度引っ込めた。忘れ物を取らずにこのまま帰ることも出来る。でも、サラと話が出来るチャンスといえばその通りだ。いつもは仲間に囲まれて、一人でいることって滅多にない。ただ急なチャンスで心の準備ができていない。しかし悠里は迷い出す前に教室の戸に手を掛けていた。
「サラ――」悠里は小さな声で言う。サラは音がする方に目を遣った。
「何よ」
立っているのが悠里と分かり、反射的に素っ気ない言葉を投げた。
「あのね、あのね……」
気持ちが早って言葉が纏まらない、でも一度踏み込んだら後に退くのは頭にない。
「私は話すこと何かないけど」
悠里から話し掛けてきたことに戸惑っているのか、サラはつっけんどんな様子でやたら周囲を気にしている様子できょろきょろしている。
「聞いて欲しい事あるんやけど」
悠里は変に何かを言うと揚げ足をとられてさらに揶揄されるのは承知の上だ。後の事はどうだっていい。悠里はこのまま何もせずにいることよりも、結果は考えず現状からの変化を選んだ。
「私ね、サラに謝ることがあるの……」
「謝…る?何を?」
サラは訝しげに悠里の顔を見た。
「私、英語が苦手だって嘘ついた事」
サラの目が大きく開いた。聞く耳を持っているのは明らかだった。
「私もクォーターやから、人よりは分かるかもしれない。でも英語が苦手なのは嘘じゃない。母国語でもないし、家で聞く英語は分からないことが多いし、話すのはもっと苦手」
弁解をすれば、立場が余計に苦しくなるのはわかっていた。でもサラに与えた誤解だけはどうしても解きたかった。
「苦手だって逃げていた自分が悪いんだ。私はそれでサラを傷付けたと思う――、だから謝りたい。私はサラの事をもっと理解したいから」
サラの手が止まった。間違った事を言われた訳ではないのに気分が収まらない。サラ自身も悠里に「嘘つき」と詰って、それから無視したり揶揄した事はやり過ぎた事で、その点で自分にも非があるのはよく自覚しているからだ。
「仲良くしてくれなくてもいい、でもこれだけは知ってて欲しい」
悠里は真剣な眼差しでサラを見ると、サラはその目で動きを封じられたように動けなかった。
「サラの言いたいことを言いたい言葉で聞きたい。わからなかったら努力するから――」
拙い英語だった、自信がないから声も小さい。家の中でそれとなく聞いて覚えた、簡単な表現だった。それでも悠里はサラに伝えたくて、敢えて英語で訴えた。眼鏡の奥の大きな目が潤んでいる。
「悠里……」
サラは目の前に立っている悠里を見て、彼女が嘘を付いていない事が分かる。今までを振り返れば、仲良くしたかったのはサラの方ではないか。サラはそう考え出すと、自分でも何と答えたらいいのか分からなくなった。
「そ、そんなこと言われても、もう遅いよ今更。」
サラも反射的に英語で呟いた。悠里の耳にも自然に入ってきた。自信のない表現はネイティブにも通じたようだ。
「遅い、ってどういうこと?」
悠里の答えも英語だった。考えずにそのままの言葉が悠里の口から出た。
「だって、私だけならいいけど……」
サラが何かを言おうとした瞬間、悠里の後ろで教室の戸がガラガラと開く音がした。