帰郷
「でも言ってることの全部はわからないよ」
悠里は急に言葉が変わった姉を見て苦笑い、日本語で答える。
朱音の言葉が急に変わるのは日常的なことで、兄の陽人にもよくある。悠里も慣れているのでビックリすることはないが、咄嗟に言われても理解ができないので、困った表情を見せる。思い返せば、悠里は実の父親とも満足にコミュニケーションが取れない時もあった。それ故コンプレックスが強いのは朱音たちも理解している。
「学校でうまくいってないの?」
朱音は英語のまま話を続ける。悠里は無言でうつむくままだ。
「お姉ちゃんと同じように、ハーフの同級生がいるの、サラっていう」
悠里は日本語で小さく答える。
「へぇ、じゃあその子も私みたく最初は苦労したんじゃない?」
「――わからない。最初はね、仲よくしてたんだよ。だけど……」
「だけど?」
朱音の言葉は戻らない。悠里は戸惑いながらも日本語で即答する、
「ある日ね、英語で『嘘つき』だって言われたんだ」
「何でだろ?何か発端になる出来事あったの?」
「それが、わからないの――、お姉ちゃんならわかるかなと思って」
「心当たりはないの?」
悠里が何度話しかけても朱音は英語で話すことを止めない。
「それよりお姉ちゃん、何で英語なの?私、わからないんだよ……」悠里の目がうるんできた。
「じゃあ逆に聞くよ。悠里は何で私の質問に答えるの?英語で聞いてんだよ」
妹の教育係である朱音は、悠里が平均的な学生よりは英語を理解するのを知っている。ただ本人の苦手意識がそれに蓋をしていることも分かっている。だからこうして妹に英語で考える機会をたびたび作っている、本人が嫌いにならない程度に。ただ今日の朱音はブレーキがちょっと効かないようだ。
悠里は考えた。暫しの沈黙ののち小さな声で答える。
「お姉ちゃんが話すの、何となくしかわからない。それに悠里が英語話せないのはお姉ちゃんも知ってるでしょ……」
悠里は拙いながら英語で答えた。確かにそれは拙い言葉ではあったが朱音には理解ができた。頷く姉の横顔を見て悠里は顔を湯船に一回潜らせた。
「悠里、自信持ちなよ。言ってることはちゃんと分かるよ」
朱音は妹の頭を撫でた。
「あのね」朱音は悠里に自分を見るよう促す。
「私も陽人も自然に覚えたんじゃない。勉強したから話せるんよ」
妹の話す英語は確かに拙い、でも聞いて理解はできていことを確認できたので朱音は安心した。
「今思ったんやけど――、さっきの質問の続きね」
朱音の言葉が日本語に戻った。