帰郷
「あのね、お姉ちゃん――」
悠里は朱音に問いかける。
両親の離婚後、倉泉家は近くの小さな文化住宅に引っ越した。今の家は住むには狭く、朱音は母と、悠里は兄と相部屋で生活している。悠里も年頃の女の子だから色々あるだろうと心配して、たまに近くの銭湯に連れていっては妹の現在の状況を聞いてあげることにしている。
朱音が見る妹は、自分より感情の起伏は少なく、朱音の前ではいつもニコニコしている。自分と同じく辛い過去を経験してきた筈なのに明るく振る舞うのが余計に健気に見える。
ただ今日は、妹の様子が少し違うと朱音は感じた。
「どうした?」
並んで湯船に浸かる二人、朱音は妹の泳いでいる目を見る。悠里は近眼なので目が泳ぐことはよくあるが、今日のそれはやっぱり違う。何か言いにくいことがあるのだろうか。
「あのね――」悠里は目線を逸らしてうつむく。
「いいんだよ、何でも言いなよ」
「うん」悠里は一度湯で顔を洗った。
「あのね、お姉ちゃんは転校したことってある?」
「あるよ。四年生の時だったかな」
様子の割には分かりきった質問に、朱音はちょっと拍子抜けした。
「その時ってどうやった?」
「んー、どうだったかなぁ。ただ悠ちゃんと私じゃ少し状況が違うかもね」朱音は自分の過去を話はじめた。
朱音は日本生まれであるが、4歳の時に祖父母のいるアメリカに引っ越した。それまでは現地の学校に通い日本に帰って来たのはその6年後で、朱音が四年生の時だ。その間に弟の陽人はアメリカで生まれ、妹の悠里は帰国してからの日本で生まれた。
「転校した時は学校の事情も全然違うし、全部日本語でしょ?それに合わすのは大変だったよ。言葉もちょっとおかしかったんで、からかわれたりもしたかな――」
初めての学校教育を英語で受けてきた姉、生まれて初めて覚えた言語が英語である兄、そして基本的に家の中でそれとなく英語に触れてきた程度の自分。きょうだい三者三様であるが、言葉に関していえば悠里が一番分が悪い。家の中といっても家庭内の不和が続いた「暗黒の四年間」を含んでおり、悠里は言葉の問題について姉兄に対しコンプレックスを感じていた。
「へぇ、お姉ちゃんも困ったことってあるんや」
朱音は悠里がこっちを向かないことに引っ掛かる、直感は間違いがなかったようだ。
「悠里は何に困ってるの?言葉や見た目で何か言われた?」
朱音の言葉で悠里は思わず姉の方を向いた。
「ううん、見た目は別に気にしてないし、私は英語わからないもん」
「わからないってことはない筈よ。私の言ってることわかるでしょ?」
朱音は反射的に英語で答えた。