帰郷
3月31日、18歳の誕生日。篤信は新神戸駅で東京行きの新幹線を待つ。自分の誕生日、篤信は上京するならこの日と決めていた。見送りに来たのは篤信の両親と朱音たち3きょうだいだ。年度が変わる時期だけに、ホームのあちこちで別れを惜しむカップルや、万歳三唱する人たちの姿が見られる。
「行っちゃうん、だね」少し淋しい表情を見せる朱音。
「――うん。頑張るよ、僕」これからやってくる新しい日々、壮絶だった受験勉強からの解放、そんな朱音の表情とは対照的に、篤信の顔は期待と自信に満ち満ちと溢れている。
「頑張ってね、篤信兄ちゃん」
篤信と同じ、今日で6歳の誕生日を迎えた悠里が間に入る。
「ありがとね、悠里ちゃん。悠里ちゃんも次からは一年生だ。おめでとう」
篤信は両手を拡げてポーズをする悠里を抱き抱えた。
「6年かぁ。本当に帰らないの?」
朱音がもう一度聞く、すると篤信は黙って頷く。
「気持ちが途切れたら僕の場合駄目になるから――、ごめんね」
「ううん、篤信君はそうでないとね」
「まあ、達者でな。あまり力みすぎんとな」篤信の父が息子を激励する。
出発のベルが鳴った、あとちょっとで長い別れを示す。
「じゃあ、行くね」篤信は悠里を下ろし、電車に乗り込んだ。「ありがとう、みんな。俺、立派な医者になって帰ってくるよ!」
列車のドアが閉まる。篤信は朱音の目を見た、涙は無い、彼女が気丈なのはお互いよく知っている。
朱音も窓の向こうの篤信を見返す。はにかみながら、小さく手を振ろうと掌を向ける。篤信はそれを見て小さく微笑みながらピースサイン。次は朱音が向けていた掌で拳を作る。二人の間でよくする照れ隠しの仕草だ。
「――もう、篤兄ちゃん」崩れそうな朱音の顔が小さな笑顔に変わった。
列車が動き出す。篤信はピースサインから朱音と同じ、拳を握った。そして、そこからゆっくりと親指を立て拳を引き寄せた。朱音はそれを見てゆっくりと、篤信と同じポーズを取って見せた。
篤信は朱音に決意を示し、朱音はそれをしっかりと感じ取ったのだ。
新幹線はあっという間にトンネルに入って行き、呆気なく朱音たちの目の前から去って行った。
「行っちゃったね、篤信兄ちゃん」
「そだね」
悠里が姉の手を引く。
「朱音ちゃん」
「先生――」
篤信の父が朱音の肩を叩く。
「篤信は喜んどうよ、今頃」そう言いながら篤信に変わって朱音に謝意を示す「頑固者なのに、肝心なことは言えないんやなぁ、あいつは」
「何をですか?」朱音はその言葉の意味が分からず西守先生の顔を見る。
「そのうちわかるで」先生はそう言いながら笑い出した。
「さぁ、みんな帰りましょうか」
ママ先生に促され、駅を後にした――。