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帰郷

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9 音々ちゃん 篤兄ちゃん



「ビックリしたわよ、何の連絡なく帰ってくるもの――」
 掬星台にあるロープウェイ上駅の二階にある展望台、寒空の下朱音と篤信は隣り合って神戸から大阪まで見通せる夜景を眺める。人はまばらであるも、展望台には二人のほか、二組ほどのカップルが夜景を眺めては互いの笑顔を見ている。
「すごく空気が澄んどう、寒いのも気持ちがいいくらい」
朱音は空に向けて息を吐く。白い吐息が寒空に舞い、散り散りに拡がって消える。
「ねぇ、篤兄ちゃん、聞いてる?」
「え、あ、ああ――」声を掛け続ける朱音に対し、篤信はずっと生返事を繰り返す。すぐ左にいる朱音の横顔をチラッと見ては、すぐ視線を夜景に戻す。言いたいことや聞きたいこと、沢山ある。しかし、なかなか言い出せない。ずっと会いたかった人を前にして緊張しているのがわかる。五年前は毎日のように会って、それが日常のこととして話ができていた筈なのに――。
「さっきからずっと生返事よ」今度は朱音は横を向き、篤信の顔を見ながらちゃんと聞いてよと訴えるように言う。
「ごめんごめん、何かさ、こう――。中々話し辛くってさ……」照れ臭そうに朱音の顔を見る、今日初めて朱音の顔を正面から間近に見た。久し振りに見る朱音の顔は、以前よりに較べて大人になった。高校生の時のあどけなさは残っているが、しっかりとした大人の女性だ。実際に彼女はもう社会人だし、陽人たちから近況を聞いている限りでは、この五年半自分よりも辛く、暗い経験をしており、その中でも力強く成長してきたような雰囲気が篤信には感じられた。
「――そうよね。私もちょっと戸惑ってる」
「ところで陽人君たちは?」話題を変えて助けを求める
「あそこ、いるわよ」朱音の指先の遠くに並んで夜景を見たり、じゃれあったりしている弟妹の姿が見える。こちらには来る様子がないのは二人には容易に判断できた。
 篤信が夜景に向けて白い息を吐いた。
「卒業するまで帰らないって言ったんやけどね、帰ってきちゃったね……」力無さげに篤信が呟いた。
「変わってないね、篤兄ちゃん。」声色、話し方の抑揚、話題の出し方……、以前の篤信のままだ。朱音はその一言を聞いて思わずそう答えた。
 物心付いた頃から知る二人「音々ちゃん」「篤兄ちゃん」と呼ぶのは二人だけの関係である。長姉である朱音、一人っ子である篤信、子供ながらに求めていた「きょうだい」が近くいることが二人を引き合わせた。今までに二度、遠くに離れたことがあるが、いまこうして再会している。今まで兄妹のように接してきた二人であるが、お互いに大人になり、変に意識しているのはお互いに様子で感じ取れた。
「あたしはね、嬉しいんだよ――。篤兄ちゃんが帰って来たの」
帰郷の理由は聞かない。今は聞かない方がいいと直感が教える。だから素直に、再会を喜んでいると朱音は言う。
「でもね、何かこう――、照れくさいというか、カッコ悪いんよね。自分の中では……」
二人は篤信の上京した時の話を思い出した――。


作品名:帰郷 作家名:八馬八朔