帰郷
「何で、何でいるの?」
朱音は自分の部屋に入り、襖を閉めた。自分に質問しながら着ていたコートを掛けて、鏡に映る自分の姿を見ながらもう一度考えた。隣の部屋から話し声が聞こえる、確かに弟妹と篤信の声だ。まだ帰って来ないはずの人がここにいる、間違いではないようだ。それを示すように朱音の心拍数が上がってきている。
朱音にとっての篤信は、幼なじみというより、共働きだった両親が篤信の両親に朱音を預けることが多かったので、兄みたいな存在だった。子どもが一人しかいない篤信の両親にしてみれば「娘ができたみたい」とたいそう可愛がってくれたことを朱音はよく覚えている。それも陽人が生まれる以前のことで、陽人も悠里も二人は小さい頃いつも一緒だったとママ先生から聞いている。
篤信は自分に厳しく、いつも高いハードルを設定し、そして失敗しない。そして彼が上京を決めた経緯や抱負もよく知っている、家族を除けば朱音にしか言っていないからだ。
「あれこれ考えたって何も変わらんよね」朱音は鏡を見ながら髪を束ねる。弟と妹の前でカッコ悪いことも出来ない。
「come on Akane, pull yourself!(どうした、朱音。しっかりしろよ)」
英語で自分に言い聞かせた。