帰郷
転校初日、九月。黒板に書かれた悠里の名前。先生に促されて挨拶をする。
「倉泉(くらいずみ)悠里です」ペコリと頭を下げる。「よろしく、お願いします――」
自己紹介を求められる。しかし、自分の事、転校の経緯、できれば言いたくない事が多いのに、クラスメートからは悠里自身が気にしていることを率直に質問をする。子供は興味があるほど純粋で、時には残酷だ。
悠里は正直に答えたが、クラスメートたちにとってとりわけ興味を惹く話題もなく、期待外れの表情をするのが教壇から見えた。誰も口には出さないが、悠里はその雰囲気で悟った。その第一印象で元々引っ込み思案な方であった悠里はさらに内気な子になってしまった。
それでも悠里には友達ができた。サラというヒスパニック系アメリカ人と日本人とのハーフで、髪と肌の色はクラスの子と比べても変わりないが雰囲気で外国人とわかる感じの女の子だ。
彼女は日本語が時折英語訛りになる時があるが、そんなサラを見て悠里は羨ましく思っていると同時に、彼女の存在によって自分がクォーターであることについては誰も違和感を持たず、苦手な英語について質問をされることもないので、彼女には感謝のような感情があった。
そんな二人の関係は悠里の無意識な言葉からすれ違い始めた。
「私ね見た目こんなだけど、英語は苦手なの」
「そうなの……」
英語に関しては、家の中で負い目を感じている。だから、外では必要でない限り触れたくない話題だった。サラは少しガッカリしたのを悠里は覚えている。
それでも当初は似た境遇の身であることからか優しく接してくれていたのだが、悠里が他のクラスメートと変わらない身であることが分かるに連れ、悠里への興味が薄れて行き、次第にクラスの一人に変わって行った。
それからある日のこと、そのサラに授業中に
「嘘つき」
と言われてしまったのだ。強い調子の英語だった。クラスメートはキョトンとしていた。多分それが分かったのは悠里だけだろう。原因はわからない、全くわからない。悠里が転校してからのどんな記憶を辿ってもわからない。
それからの悠里は嘘つきのレッテルを貼られ、よってたかって無視をされ、陰口を叩かれる……。学校での待遇がどんどん良くない方向に変わってしまった。悠里はその理由を聞こうと思ったが、そう思ったときには彼女の周囲に仲間がおらず、もはやそんな雰囲気ではなかった。
悠里はそれでも我慢していたのだが、彼女の身上、両親の離婚、狭く小さな家にすんでいること、年の離れたきょうだいがいること、自分の事と違う事まで揶揄されるようになったのにはさすがに耐えきれない。家族に相談したら家族を困らせてしまう。最近では毎日、下校の時間に後をつけられ聞こえるか聞こえないかの声で揶揄されるようになった。