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愛を抱いて 11

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開いた窓から香織が顔を出した。
「あら、お帰りなさい。」
そう云うと、彼女はすぐに姿を消した。
私はその場に立ったまま、煙草に火を点けた。
掃除機の音が止むと、私は靴を脱ぎ、階段を上って部屋に入った。
「お腹空いてない?」
香織は云った。
「うん…、少しだけ…。」
「冷蔵庫にハンバーグがあるのよ。
あなた、昨日泊まるって云っといてくれなかったから…。」
「御免…。
今、食べるよ。」
「じゃあ、温めるわね…。」
彼女は冷蔵庫を開け、サランラップに包まれた皿を二つ取り出した。
「サラダも一応取っといたけど、どうする? 
ゆうべのだから、捨ててもいいんだけど…。」
「…食べるよ。」
「そう…?」
彼女は野菜サラダの乗った皿をテーブルに置きながら、急に口調を曇らせて云った。
「何か、厭ね。
私…。
押し掛け女房みたいで…。
無理して食べてくれなくて、いいのよ。
私が勝手に作ってしまった物だから…。
あなたが泊まって帰ろうと、どうしようと、あなたの自由よね…。」
彼女はハンバーグの皿を持ったまま、膝をついていた。
「別にいいじゃない。
俺も、朝帰りした夫の気分になってたから…。
それに、そうやって食べさせてもらえない風に云われると、俄然腹が減って来ちゃった。
ハンバーグ食べたいな…。」
香織は小さく「ありがとう…。」と云うと、笑顔を造って立ち上がった。
「早くハンバーグを食べさせてくれぇ!」
私は腹を押さえながら云った。
「はいはい。
ちょっとだけ、待ってなさい。」
彼女は明るく云うと、フライパンを持って急ぐ様に廊下へ出て行った。


                          〈二一、朝のハンバーグ〉




【登場人物紹介】

鉄兵(てっぺい)        ─  法政大学法学部法律学科1年
                   此の物語の主人公、私

柳沢(やなぎさわ)       ─  明治学院大学文学部英文学科1年
                   三栄荘における私の隣人

板垣浩志(いたがき・ひろし)  ─  大東文化大学1年
                   通称ヒロシ

久保田香織(くぼた・かおり)  ─  東京観光専門学校1年
                   カーリー・ヘア、色白

東世樹子(あずま・せきこ)   ─  東京観光専門学校1年
                   飯野荘で香織と同居

赤石房子(あかいし・ふさこ)  ─  山野美容専門学校
                   通称フー子

井上淳一(いのうえ・じゅんいち)─  法政大学法学部法律学科1年

富田美穂(とみた・みほ)    ─  法政大学文学部日文学科1年

広田みゆき(ひろた・みゆき)  ─  フェリス女学院大学1年






22. 金縛りについて


 「ねえ、行ってみなさいよ。
なくて元々なんだから、いいじゃない。」
「厭だよ…。」
香織は銀行へ行って、一応口座を確かめてみるべきだと云った。
「君は、そろそろ仕送りがある頃だと思って銀行へ行き、まだ入ってなかったという経験がないのかい? 
あれは惨めだぜ…。
一番最悪なのが、あると思い込んで金額ボタンを押して、残高不足の表示が出た時さ。
後ろに順番待ちの人がいて、それを見られたりしたら、何とも云えぬ気分を味わう事になるんだ。
残高照会だけをして出て行くっていうのも、金が入ってなかった事を見抜かれてる様な気がして厭なものさ。
明細票の残高の処をチラッと視ると、周りの人に覗き見されるのを恐れて、すぐにくしゃくしゃに丸めるんだ。
仕送りがまだ来てなかった、という落胆が顔に出ない様、わざと表情を造って銀行を出て行く時の、あのやる瀬なさと云ったら…。」
私と香織は中野通りの舗道を、中野駅へ向かって歩いていた。
「じゃあ、私が行って来てあげるから、カードを貸しなさい。」
早稲田通りとの交差点の角にある第一勧銀の手前で、彼女は云った。
私は暗証番号を告げ、キャッシュ・カードを差し出した。
彼女はカードを受け取ると、銀行の中のキャッシュ・サービス・コーナーへ入って行った。
私は舗道で煙草を吸いながら待っていた。
彼女がボタンを押している後姿が見えたが、すぐに眼を逸らして車道の方を視た。
やがて彼女は出て来た。
彼女は少し残念そうな顔をしながら、「はい。」と私に明細票を渡した。
「だから、ないって云ったろう。」
そう云うと、私は明細票を視ないまま、手の中でくしゃっと丸めて路の上に捨てた。
「あら、駄目よ。
こんな処に捨てちゃあ…。」
香織は私の捨てた紙屑を拾い上げた。
「どうして中を見ないの?」
彼女は紙屑を広げながら云った。
私は黙って歩き出した。
彼女は走って私の前に廻り、面白がる様に私の顔の前へ、皺になった明細票を突き付けた。
私がそれを手で払い除けようとした一瞬、紙の右下の辺に、先頭を1にした六桁程度の数字が見えた気がした。
私は彼女から紙を奪うと、取扱残高に眼を落とした。
彼女は笑い出していた。
「さすが…、役者を目指してるだけの事はあるな…。」
「良かったわね。
やっぱり、優しい親御さんだったじゃない…。」
私の経済は回復を見た。

 蒸し暑い夜だった。
私の部屋には、私の他に香織と世樹子とヒロシがいた。
「でも、幽霊って本当にいるのかしら…?」
その夜は三栄荘で焼肉パーティーを行った。
「俺はね、脳生理学の進歩はいずれ、人間の思考のメカニズムを完全に解明すると思う…。」
食事の後、部屋の電気を暗くして、皆で知っている怪談を1つずつ話し合った。
「心の仕組みが暴かれると思うんだ…。」
怪談が終わった後も、部屋にはまだ恐怖の余韻が残っていた。
「そして幽霊と宗教は、この世から姿を消すのさ…。」
時計の針は、午前1時を指していた。
「脳細胞理論だけが、信仰の対象となるだろう…。」
私は云った。
「幽霊はいないって事…?」
「いないだろうな。
きっと…。
でも、いてくれる事をいつも願ってる。
もし幽霊がこの世に実存するなら、それは素晴らしいロマンだ。
そう思わないかい…? 
幽霊がいてくれる事によって、他の様々な神秘、怪奇現象、…ロマンを信じ始める事ができるんだぜ。」
「でもやっぱり、怖いよな…。」
「怖い…? 
どうしてさ? 
俺は生まれてこの方、幽霊に取り殺されたという新聞記事を読んだ事はないぜ。
多分、彼等は何もしないんだよ…。」
「じゃあ、金縛りは…?」
「金縛りか…。
それは、どうも本当みたいだな…。
身近な奴が沢山なってるもの…。」
「金縛りは本当よ…。
私の友達にも、よくなってた娘がいるわ…。」
「柳沢は、なった事があるって云ってたぜ…。」
「俺のクラスに柴山って奴がいてさ、そいつは中学の頃から高校の終わりまで頻繁に金縛りに逢ってるんだ…。
作品名:愛を抱いて 11 作家名:ゆうとの