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愛を抱いて 10

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「ヒロシと香織は?」
「分からないの。」
「何だ、君も一人になっちまってたのか。」
「良かった…。
急にみんなとはぐれちゃって、とても心細かったの…。」
世樹子は、本当に安心したという笑顔を見せた。
「まるで幼稚園児の迷子だな。」
「あら、どうせ…、…ですよだ。」
我々はしばらくヒロシと香織を捜した。
しかし、二人は見つからなかった。
「二人は一緒なのかな…?」
「分からないけど…、多分そうじゃない?」
「じゃあ、駅の方で待ってるかも知れない。」
「行ってみる?」
「いや、折角来たんだから、もう少し花火を観て行こう。」
私と世樹子は、川から少し離れた処にある歩道橋の上に立ち止まって、夜空を見上げた。
その歩道橋では同じ様にして、沢山の男女が花火を観ていた。
「しかし、横浜の花火大会とは、全然規模が違うな…。」
「行ったの?」
「ああ。
…男ばかり三人でね。」
「どうせ、ナンパしようと思って行ったんでしょう?」
「さあ…? 
忘れた…。」
世樹子は、とても懐かしいものを視る様な顔をして、それを観ていた。
「子供の頃からずっと観に行ってた、家の近くの花火大会とも、全然違うわ…。
鉄兵君の地元にも、ある?」
「勿論。
太田川花火大会は、こんな感じで結構賑わうぜ。」
「そう。
広島市って大きいものね。」
「いやいや、伊勢崎市だって、なかなか…小さいよ。」
「うん。
ほんとにうちは、小さな街なのよ…。」
私は群馬県伊勢崎市を、この眼で視た事は一度もなかったが、遠くを視る彼女の表情から、素朴で純粋な、どことなく親しみを感じさせる様な、そんな街を想像していた。


                          〈一九、隅田川花火大会〉






20.世樹子の夢


 駅にヒロシと香織はいなかった。
「先に帰っちゃったのかな…?」
「とうとう、本当にはぐれちゃったわね…。」
私と世樹子は二人で電車に乗った。
「でも鉄兵君、同じ二人ずつにはぐれるのなら、私じゃなくて香織ちゃんの方が良かったわね。」
「ふむ…。
それは云えるな。」
「御免なさいね。
ミス・キャストで。」
「いや、俺じゃなくて、ヒロシにとって、その方が良かったって事さ。」
今度は聴こえぬ振りはできまいと、私は世樹子のリアクションに注目した。
「ヒロシ君、香織ちゃんが苦手なの…?」
彼女はどこまでも、とぼけるつもりらしかった。
これ以上勝手に深入りするとヒロシに怒られると思い、私は諦めた。
「男は皆、彼女みたいなタイプを苦手なんじゃない?」
「そうなの? 
どうして? 
香織ちゃん綺麗だし、優しいし、料理は上手いし、言う事ないじゃない。」
「女から見てどうなのかは知らないけど、あくが強すぎるんだよ。
きつい事をサラッと云ってのける処もあるし…。」
「鉄兵君も苦手なの? 
鉄兵君は、まさか違うんでしょ?」
「俺だって苦手だよ。」
「嘘。
付き合ってるのに?」
「俺、どうして付き合ってるんだろ?」
「解った。
そこが香織ちゃんの魅力なのね。」
「柳沢はそうらしいな…。」
「そう言えば柳沢君、今頃彼女とルンルンしてるのかしら?」
「リンリンしてなきゃいいけどな…。」
「してるわけないじゃない。
鉄兵君こそ、見境なく浮気してると危ないんじゃないの?」
「…君は耳年増なのか? 
それとも既に経験が広がってるの?」
「失礼ね。
私は耳の色素細胞しか、沈殿はしてないわ。」
私は笑った。
そして小さな驚きを持って、彼女を視た。
「君も香織に劣らず、なかなか云うんだね…。
意外というか、見直した。」
「私のは全部、香織ちゃんとフー子ちゃんの請け売りよ。
いつも入れ知恵されてるの。
三栄荘に出入りするからには、これくらい知っとかないと、鉄兵君達にいい様に扱われるわよって…。」
「ほお…。
まるで、いたい気な少女をいたぶる大悪党の様な云われ方だな…。
じゃあ訊くが、君はバージンかい?」
世樹子はためらう事なく、ただ視線を落として答えた。
「ええ。
そうよ…。
…信じる?」
「勿論、信じるさ。
そうじゃないかと思ってた。」
「私が子供っぽいから…?」
「違う。
君は子供っぽく見られやすいかも知れないけど、精神年齢はきっと、かなり高いと思う。
バージンだと思ったのは、君の恋愛に対する考え方から、対する態度を推測してさ。」
「私には香織ちゃんの様な、深遠で高尚な恋愛論を持てる頭がないわ。
私のは幼稚なの…。」
電車は飯田橋を出た。
「君の恋愛論をぜひ聴きたいな。」
「大体想像がついてるでしょ…? 
恋愛論って名がつく程のものじゃないの。」
「うん。
想像はついてる。
君の場合は、論理ではなくて、感性だ。」
「感性でもないわ…。
…夢よ…。」
「夢…?」
「そう。
恋愛が夢なの…。
可笑しいでしょ…? 
普通はみんな、やりたい事とか、なりたいものとか、スケールの大きなものを、夢として持ってるけど…、私の夢は…、ささやかなのよ…。
ちっちゃ過ぎるって言うか…、恥かしいんだけど…、私の夢は、愛を叶える事…。」
「…愛を叶える事、それが夢…か。
恥かしい事は全然ないよ。
大きな夢さ。
愛が夢なんて…。」
「小さいのよ。
本当に…。
多げさなものじゃないの…。
ただ、好きな人のそばに…、ずっと居る事ができればいいの。
それが願いなの。
そしてその人に愛される事が、夢なの…。」
「やはり君は、感性の人だった…。」
「無理に感心しなくてもいいわ。
笑ってくれていいのよ。
情けない夢だけど…、仕方ないの。
私にはそれが全てなのよ。
他に何もないわ…。」
電車はいつの間にか新宿を過ぎていた。
「感性の人って云えば、やっぱり香織ちゃんよ。」
「確かに彼女は変わった感性をしているが…、センスの良い言葉と感性とは、関係ないぜ。」
電車は中野駅に到着した。
北口の改札を抜けてから、私は云った。
「ところで、君の夢の調子は、今どうだい?」
「そうねぇ…。
良くもないけど、悪くもないわ…。
片想いなの…。」
「夢半ばってわけか…。
でも言い寄って来る男は、沢山いるだろう?」
世樹子は黒目勝ちの綺麗な瞳をしていた。
「全然いないわよ…。」
我々は、サンモール商店街とブロードウェイの東側に平行している路地を、北へ向かって歩いた。
「今夜は思いがけず二人きりになれたから、少し飲んで帰ろうか?」
「そんな事して、香織ちゃんに悪かない…?」
「厭かい?」
「…いいわよ。
道草しましょう。」
彼女は笑顔を浮かべた。
路地の両側には、各種飲み屋やゲーム・センターやパチンコ屋が並んでいた。
我々は「サウスポー」という名の店に入った。
私はビールを、彼女はブルー・ハワイを注文した。
「鉄兵君の恋愛論も聴かせてよ。」
「俺のは、『如何にして良い女と寝るか?』さ。
作品名:愛を抱いて 10 作家名:ゆうとの