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チョコレート

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「開けてもいいかな?」
「はぁーい、どうぞぉ」
小箱の蓋を開けるボクは、中にあるものを想像する。そして、それが正解とわかったときにキミに返す言葉を考える。
「あ、ありがとう」(わぁっ、何たる平凡な言葉。これでも物書きか)
だけれど、キミの顔は、いつもよりにこやかだ。
「では、ひとつ」
ボクは、その香り優しいチョコ色の真ん丸なチョコレートを口の中に入れた。
「ん! はい、あーん」
もうひとつをキミの口に差し出す。
キミは、可愛い唇も真っ白な歯も広げ、ボクの指に摘ままれたチョコレートに食いつく。ボクの指まで咥える。
「指まで 食べちゃダメでしょ」いつも言われる台詞を言い返す。
イテッ! 歯で噛まれた。
「うさぎさんの前歯は 痛いのにゃん」と笑うキミ。
ボクは、噛まれた指を 自分の口に入れて癒す。(もう、本気で噛んだなぁ)

箱の中にあるチョコレートを見ると、形がいろいろあった。
真ん中に やや大きめのハートの形のチョコレート。そこには、悪戯書きのような男の子と女の子の絵がチョコペンというのだろうか 描かれている。その周りに、今ふたりが食べた真ん丸な形……ばかりとはいえないが……のチョコレートが詰まっていた。

そうだ。雪が降っているから そんな気がしなかったけれど 今日はイベントなんだね。

「これ、作ったの? いつもの先生に教わったのかな」
ううん キミは首を振るような 傾げるような仕草でボクを覗き込む。(可愛いぃ)
久し振りに そんな感情がボクを取り巻く。チョコレートマジックとでも言っておこうかな。
「やっぱり これの意味も重要なわけ?」
「にゃん」
「そっか。答えは、一か月待つ?」
キミの頬が膨らむ。指でプシューっと押さえ込む。
「じゃあ もう一つ食べないとな」
キミは、真ん中にあるハートのチョコレートを箱から取り出すとボクの正面に回った。
「はい、あーん」
「あーんってねぇ」
「誰も見てないからさ。はい、あーん」
こればかりはいつになっても 誰が見ていようと見ていなくても、恥ずかしいんだ。
だが、口の前にキミの指先に摘まれたチョコレートを食べないわけにはいかない。
「あ、指食べちゃ駄目だよ」
「あはは。うん、食べないよ。でもなぁ〜このチョコはあとでゆっくり食べたいのに」
「これ、食べてくれないと 伝わらないにゃん ・・・そっかぁ そうなんだぁ」
おいおい違うって。食べたいって。今すぐ 食べ尽くしたいって。
キミの持つハート型のチョコレートにボクの口の照準を合わせる。しかし、こんなに緊張して食べる事ってなかったな。いや今はそんなことは考えまい。
ボクは、ひと齧りする。先ほどの真ん丸チョコよりも 甘くない。
どう? とばかりに キミの瞳がボクの気持ちを探っているようだ。
ボクは、キミの手からそのチョコレートを取ると キミに「あーん」と返した。
言葉ではない。ボクが口で割ったチョコレートの欠片を キミの口に運んだに過ぎない。
零れてもいないのに 口の周りも片付けておいておこうかな。(ははは…)

キミに伝わっただろうか。

「にゃお。ねえ猫ってチョコレート食べるの?」
「駄目だよ。食べさせたら。学生時代の友人が 飼い猫に貰ったチョコ食べられて 猫が大変なことになったって言ってたから」
「そうなの? ワタシは 猫じゃなくて良かったにゃん」
ボクは、喉をくくっと鳴るのを我慢しつつ、ハート型のチョコレートを箱に戻した。
丸いのを も一つ キミにあげた。
「じゃあ、これはいいね。はい、あーん。いや本当に美味しいよ。ありがとう」

食べている時の幸せそうなキミの顔が、ボクよりも愉しんでいるように見えてきた。
こんなにも 一度に食べて ボクは鼻血が出ないか心配だ。
キミは幸せそうだね。
ほろ苦い手作りのバレンタインデーのハートのチョコレート。
ただそれだけなのに……。


     ― 了 ―
作品名:チョコレート 作家名:甜茶