SECOND HALF
アパートの真っ暗な部屋に帰ると、洗濯物が干しっぱなしになっていた。テーブルには、料理のレシピ本が開かれていて、その横に新聞の折り込み広告が乱雑に置かれていた。きっと今日は開かれていたページの料理を作るつもりで、近所のスーパーで食材の値段をチェックしたんだろうな。カナはしっかり者だったから。
なにもかも、ついさっきまでカナがここにいた、そのままだった。でも、カナはもういないんだよな。
その夜、俺は一人で冷蔵庫にあった昨日の残り物の煮物で、晩飯を食った。これがカナの最後の手料理だと思ったら、もったいなくてなかなか食えなかった。ただの里芋と筍と鶏肉の煮物なんだけど、地球上に残された最後の食べ物みたいな気がしたよ。
後でわかったことなんだが、カナは妊娠していた。
カナの荷物を整理していたら、エコー写真が出てきたんだ。きっと、カナは俺に言うタイミングを見計らっていたんだろうな。
俺は妻とまだ見ぬ子供をいっぺんに失って、抜け殻みたいになってしまった。
感情が出せなくなり、まるで自分が自分じゃなくなってしまったみたいだった。
今考えると、悲しい感情を無理やり押さえつけたせいで、それ以外の感情も全てシャットアウトしてしまっていたんじゃないかと思う。
俺がふぬけになってしまったんで、葬式だとか墓の手配だとか、警察や加害者との交渉とか、いろいろとカナの両親や清川先輩に世話になってしまった。
自分たちだって、最愛の娘や妹を失って辛かっただろうに、ホントにあの人たちには足を向けて寝られない。
納骨も終わり、最後にカナの両親と義兄である清川先輩と4人で食事をした。
お義父さんが、「加奈子のことを忘れろとは言いたくないが、君はまだ若い。今は悲しみに沈んでいてもいいが、もう少ししたら立ち直って、自分のこれからの人生と向き合ってほしい。」というようなことを言った。
清川先輩も、「まだノーサイドじゃない。これは天がお前に与えたハーフタイムだ。しばらく休んで、それから後半戦だ。おまえの人生はこれからも続くんだ。しっかりしろ!」って励ましてくれた。
こめんな、みんな。俺があまりに落ち込んでいたから。ホントにみんな、ありがとう。
作品名:SECOND HALF 作家名:sirius2014