SECOND HALF
それは、イントネーションがめちゃくちゃで発音も歪で、まるで動物が初めてしゃべったときのような声だった。
「わたし、絶対に後悔なんかしない。賢太郎さんと結婚したい。お願い。」
その声はそう言った。
俺も佳奈の両親も、あっけにとられて佳奈を見つめた。そう、それは佳奈がしゃべったんだった。
「ほら、お姉ちゃん、ちゃんとしゃべれるんだよ!」
美奈が勝ち誇ったように言った。
これは後で知ったんだが、聴覚障碍者もトレーニングによって、声を出せるようになるんだ。但し、佳奈のような先天性の場合、けっこう難しいらしい。なにしろ、まったく音や声を聴いたことがないんだから。そうした人の場合、発声がうまくできなくて声や発音が歪んでしまう。
佳奈も過去に何度か声を出して、そのたびに周りの人から笑われたり、ばかにされたりしたんで、それ以来、ほとんど人前では声を出さなくなったらしい。自分の声にすごいコンプレックスを持っていたんだ。唯一、妹の前では話していたそうだ。
そのことを知っていた佳奈の両親は、佳奈が話したことに、ショックを受けていた。佳奈が自分の声をどれだけ嫌っていたか、自分の声にどれだけコンプレックスを持っていたか、よく知っていたからだろう。
先に落ち着きを取り戻した佳奈のお母さんだった。佳奈のお母さんは穏やかな声でお父さんに言った。
「あなた、佳奈は大丈夫ですよ。結婚してもちゃんとやっていけます。だから許してあげましょうよ。」
お父さんはすっかり落ち着きを無くして、体をもぞもぞさせて居心地悪そうにしていた。
「そこまで言うのなら、仕方がない。だけど、佳奈が不幸になるようなことをしたら、容赦しないからな。佳奈も、勝手に家に帰って来たって敷居は跨がせないからな。」
お父さんはそう言うと、立ち上がってリビングに行ってしまった。
美奈が泣きながら佳奈に抱きついた。
俺はほっとして、佳奈の顔を見て笑った。佳奈は真っ赤な顔で、泣きじゃくる美奈を抱いていた。よっぽど自分の声が恥ずかしかったんだろう。
今考えると、佳奈のお父さんはただ佳奈を手放したくなかっただけだったんじゃないか、っていう気がする。
作品名:SECOND HALF 作家名:sirius2014