SECOND HALF
なんだか佳奈の表情が硬かった。電車で酔っ払いに絡まれていたときみたいだ。そのあと家まで送った別れ際のときの、輝くような表情が無くなっていた。
そこで、佳奈が俺になにを内緒にしていたのか、わかった。
佳奈がいきなり俺に携帯電話の液晶画面を突き付けて来たんだ。そこには、
「私、耳が聞こえないんです。
話すこともできません。
今まで黙っていてごめんなさい。
賢太郎さんに嫌われそうで、言えませんでした。
今まで通り、メールしてくれますか?」
そう打ち込んであった。
「えっ? だって、この前俺が言っていること、聞こえてたじゃん。」
俺がそう言うと、また佳奈は素早く携帯電話に文字を打ち込んだ。
「私、読話ができるんです。
だから、ゆっくりはっきり話してもらえれば、
言っていることは8割くらいわかります。」
「読話って?」
「一般的には、読唇術とも呼ばれています。」
そうだったんだ。だから佳奈は、俺が話すときは俺の顔をじっと見ていたんだ。あれは、顔を見ていたんじゃなくて、唇の動きを見ていたんだ。佳奈が俺と一言も話さなかったのは、話さないんじゃなくて、話せなかったんだ。
「電車を降りてから、酔っ払いのおっさんの喚き声がするたびに振り返ってたじゃん。あれは、聞こえてたんじゃないの?」
「大きな音や声は、空気の振動が肌に伝わって、音がしたことが分かるんです。でも何の音や声かは分かりません。」
作品名:SECOND HALF 作家名:sirius2014