SECOND HALF
俺は女の子の手首を持って女の子を立たせると、引っ張って電車から降ろした。
「大丈夫。俺が送っていくよ。」
俺がそう言うと、女の子はこくりと首を縦に振った。
女の子の身長は、カナよりもほんの少しだけ大きかった。と言っても、せいぜい1センチかそこら大きいだけだろう。
歩きながら、俺は女の子を安心させようと、名刺を渡してから、いろいろなことを一人で喋った。高校・大学でラグビーをやっていたこと、今はサラリーマンをやっていること、両親は遠くに住んでいることとかだ。
まだ遠くから酔っ払いの喚き声が聞こえてくるので、そのたびに女の子が不安そうに振り返る。俺はその都度大丈夫だよと言ってあげた。その女の子は、俺が話すときはじっと俺の顔を見るんだ。なんだか照れてしまう。でも、自分では全然口を開かない。しばらく歩くと、女の子はまた携帯電話に文字を打ち始めた。場所は住宅街だった。もう酔っ払いの声も聞こえなくなった頃、女の子は俺に携帯電話の画面を見せた。
「家はすぐそこなので、ここで結構です。
今日は本当にありがとうございました。」
画面にはそう打ち込まれていた。
俺はもう少し一緒に歩きたかったが、ここで変なことを言えば、あの酔っ払いと変わらなくなっちまうな、って思った。
「そう。それじゃ、気を付けて。」
と言って、俺は女の子に背を向けて来た道を引き返し始めた。見送っていたら、跡を付けられるんじゃないかとか、家を探られるんじゃないかとか、思われるのがいやだったんだ。
でも、もう一回だけ、あの子の笑顔が見たかったな、って思って、10メートルくらい歩いたところでつい振り返ってしまった。そしたら、女の子はまださっきの場所に立っていた。
振り返った俺と目が合うと、にっこり笑って俺に手を振り、俺が見ている前でくるりと体の向きを変えて、すぐそばの家に入って行った。
本当に家はすぐそばだったんだ、って思った。遠目に、女の子が入って行った家の表札の文字が見えた。『雪下』と書いてあった。珍しい名前だなって思った。
本当のあの子の笑顔はカナにそっくりだった。でも、あの子はついに俺に一言も口をきかなかった。
作品名:SECOND HALF 作家名:sirius2014