愛を抱いて 7
さすがに朝まで踊っている体力は、我々になかった。
我々は再び座り直して、グラスを手にした。
「このアパートでは、いつもこんな事してるの?」
和代が訊いた。
「まあ、そうだな…。」
「いいわねえ、アパート暮しは。
自由がいっぱいあって…、毎日愉しいでしょうね。」
真美が云った。
彼女は自宅通学であった。
「自由に見えるかい?」
「羨ましい程、そう見えるわ。」
「だけど、どこにも行けないんだぜ…。」
彼女等の中では、和代が一番酒に強かった。
「アパート暮しなんて、つまらないわ…。」
和代は一人言の様に云った。
「どうして?
淋しいから?」
真美が訊いた。
「淋しいだけじゃなくて、一人でいると色々な事を考えてしまうのよ。」
「和代ちゃん。
良かったら、三栄荘へどんどん遊びにおいでよ。」
柳沢が云った。
「ありがとう…。
そうさせてもらおうかしら…。」
和代は酔ったのか、笑顔が見られなくなった。
「三栄荘には、他にどんな女の子が来るの?」
千絵が云った。
「女の子は、君等だけさ。」
「嘘よ。
私達まだ2度目だわ。
さっき、いつも宴会してるって云ったじゃない。」
「いつもは男ばかりで、やってるんだ。」
「俺は知ってるぞ!
香織っていう娘が来るんだ。
その娘は、鉄兵の彼女なのさ。」
淳一は酔った勢いで、とんでもない事を云った。
「へえ、香織ちゃんて言うの…。
鉄兵君、彼女ってどういう事?」
真美が私に訊いた。
美穂も私を視ていた。
「香織って誰だい?」
私は柳沢に訊いた。
「さあ…?
そう云えば、聞いた名前の様な気もするが…。
ここへ来た事のある娘かな…?」
「あら、隠す処を見ると、本当に鉄兵君と関係があるのね?
いけないんだ。
鉄兵君たら…。」
美穂は黙っていた。
私は話題を変えようと、必死だった。
その夜も三栄荘の2階の一室は、朝まで騒がしかった。
〈一三、前期終了コンパ〉
14.横浜花火大会 ~処女の香り~
和代は始発が動き出した頃、何度も吐いた。
やがて東向きの窓から、朝日が部屋を照らしつけて、宴会はお開きになった。
美穂と和代を残して、他の者達は帰って行った。
柳沢も「寝る。」と云って、自分の部屋へ戻った。
和代はぐっすり眠っていた。
「この部屋も段々素敵に見えて来たけど…、ただ、電話がないのがいけないわ。」
美穂は、人が去ってガランとしてしまった部屋を、見廻しながら云った。
「学校で逢う以外は、こちらから連絡ができないんだもの。」
私は、電話取付代として親から余分にもらっていた金を、4月中に使い込んでいた。
しかし、電話を部屋に付ける気など、私には初めからなかった。
「電話は嫌いなんだ。」
私はただそう云った。
「ところで、香織って人と付き合ってるの?」
急に私の方を向いて、彼女は云った。
「ああ。
付き合ってる。」
「そう…。
じゃあ、私とはどうしてるの?」
「君とは愛し合ってる。」
彼女は窓の外に視線を移した。
「私は別に、鉄兵が他の誰と付き合っていても構わないのよ。
ただこれからも、私と逢ってくれさえすれば、それでいいわ。
約束してもらえるかしら?」
「勿論さ。
そうだ。
夏休みになったし、二人でどこかへ行こう。」
「…私、鎌倉へ行ってみたいな。」
「鎌倉?
もっと遠い処へ旅行しようぜ。
でも取り合えず、鎌倉へ行ってみるのもいいな…。
近いうちに行こう。
いつにする?」
「そうね…。
23日はどう?
木曜日。」
「OK。
決まりだ。」
「どうやって逢う?
いつも、鉄兵が私のアパートに来てるから、今度は私がここへ来るわ。
それとも、私から逢いに来てはいけない?」
「どうして?
いけないわけないじゃん。
ただ、こっちから行かなくて済むとなると、俺、安心して寝ちゃってるかも知れないぜ。」
「寝てていいわよ。
起こしに来てあげるんだから。」
私と美穂も少し眠る事にした。
和代と美穂に布団を取られ、私は柳沢の部屋へ行った。
柳沢は布団の中で、気持ち良さそうに眠っていた。
私は勝手に押し入れを開け、彼の来客用の布団を引っ張り出すと、それを敷いて横になった。
昼過ぎに我々は眼を覚まし、4人で昼食に出かけた。
和代はまだフラフラしていた。
「美味しい。」
「赤いサクランボ」の水を一息に飲んで、和代は云った。
「本当に御免なさいね。
見っともなく潰れて、おまけに布団まで使っちゃって…。」
「気にする事はないさ。」
「ゆうべは、よく呑んでたみたいだね。」
柳沢が云った。
「誰かに呑まされたんでしょ?
淳一君じゃないの?」
美穂が訊いた。
「そう云えば、あいつ完全に酔ってたな。」
「違うわよ。
私が自分で呑んだの。
ゆうべは久し振りに愉しかったわ…。」
「久し振りって、最近調子悪いのかい?」
私は訊いた。
「まあね…。
良くはないわ。
何か、自分が意味のない事ばかりしてる様な気がして、仕方ないの。
変でしょ…?」
「変かどうか分からないけど、ゆうべみんなで騒いだ事も、意味のない事だぜ?」
「でも、愉しかったわ。
愉しければいいって、云ってくれたでしょ。
私、その通りだと思ったの。」
「大学生が、自分のしてる事に意味や価値を求め始めたら、大学は潰れるな。」
「誰も大学に行かないって事?
向学心に燃えて通ってる人も、沢山いるんじゃない?」
美穂が云った。
「多くの学生にとって、今の大学はレジャー・ランドさ。」
「だけど運動家のやつらに云わせれば、そんなのは、政治家の思う壺って事なんだろうな。」
「思う壺でも皿でも好いさ。
街を変える事さえできないのに、国を変えるなんて、それこそ意味のない話だ。」
7月20日、私はみゆきに逢い、その夜、横浜花火大会へ行った。
山下公園には、既に沢山の人が集まっていた。
芝生の上はもう座る場所がなく、海岸縁のアスファルトの上にハンカチを敷いて、二人で座った。
出店で買ったフランクフルトを食べていると、一つ目の花火が上がった。
花火は、沖の船の上から打ち上げられた。
間近に視る打ち上げ花火は、かなり迫力があった。
花模様を夜空に描いた後の花火の雫が、自分の顔の上に落ちて来そうで、怖かった。
実際は、我々がいる処よりずっと離れた海の上で、花火は光っているそうだった。
花火が光る度に、彼女の横顔が違う色に染まった。
しばらくして、私は首が痛くなった。
しかし、顔を真上に向けなければ花火は見えず、周りは人がいっぱいで身体を倒す事もできなかった。
最後に一際華やかな水中花火を見せ、拍手と歓声の中、花火大会は終わった。
「やはり、花火は遠くで視るものだ…。」
立ち上がって首を押さえながら、私は云った。
我々は、公園のそばの海の見えるレストランで、食事をする事にした。