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風鳴の祭

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「僕は、軌道を切り替えるから、二人はトロッコを押して向こうの壁ぎわまで押していっておくれ。そしたらエンジンカバーを外して、動力用のベルトを、あのリフトの駆動装置に繋ぎ直すんだ。そうすれば、リフトを使ってこの建物の最上部へ出ることができるから」
 カッツェはしばらく黙り込んで、耳をすます。
「……急がなきゃ。もうじき風のピークが過ぎてしまう。そうしたらまたすぐに空が曇ってしまうから」
 キサとナユタは大きくうなずくと、軌道を切り替えるためのポイントへ向かったカッツェの後を追うようにトロッコを押した。

 トロッコの動力をリフトの駆動装置に繋ぎ直すと、三人は小さなゴンドラに乗り込み、塔の最上部へと向かう。ゴンドラは三人がぴったり身体を付けて乗るのが精一杯の広さで、大人だったら一人しか乗れないと思われた。
 複雑に入り組んだ機械の腹の中をくぐり抜けるように、ゴンドラは上へ上へと向かう。キサは自分の背中にぴったりと付いたカッツェの胸の温かさを感じて思わず緊張した。その胸が呼吸に合わせてかすかに上下する度に、彼は自分の血流が早まるように思えた。
 外見から想像していた以上に、塔は高いらしく、いつまでたっても最上部へ到着する気配も感じられない。
「どこまで昇って行くんだろう……」
 思わず、そう言ってしまう。
「この塔はね、この街が造られた一番初めのころに建てられたものらしいんだ。僕らの住んでいる区画にある建物の数倍の高さはあるって、カニスのじっさんは言っていたよ」
「……この街って、どれくらい以前から造られているんだろ?」
 学校の授業で、この街が昔から少しずつ拡張されて今の姿になったことはキサも知っている。だが、具体的にいつの頃からこの街が造られはじめたのか、そのことを全く知らないことに、彼は気づいた。
「………………」
 カッツェはうつむいたまま、応えない。その表情が、心なしか曇ったように見える。
 彼らしくないその面持ちに、キサは自分が何か言ってはいけないことを口にしてしまったかと思い、不安になった。
 その思いが伝わったのだろうか? しばしの沈黙を破り、カッツェが穏やかな声で言った。
「……ずっと、ずっと昔だよ。気の遠くなるような、ずっと昔……」
「……気の遠くなるような……」
 ゴンドラの格子戸を通して見える古びた構造物が、彼の想像もつかないほど古くから存在したのなら……。
 キサは、人影もなく静まり返ったこの巨大な建造物の中に、時の流れの中に現れ消えた、あまたの人々の思いに満たされているような、そんな気がした。
 僕が生まれるずっとずっと、はるか以前にも、僕達と同じように星を見るためにこの塔を昇った人がいたのだろうか?
 そして、その人は、どんな思いを抱いていたのだろうか……
 ゴンドラが刻む単調なリズムと、カッツェの確かな鼓動を感じながら、キサはいつまでもそんな思いを抱きつづけた……。

 大きな音を立てて、ゴンドラが停止する。そこは小さな足場以外に何もない、吹き抜けの区画だった。
 ゴンドラを降りたキサは、足場に設けられた華奢な手すりにつかまって下を見下ろした。複雑な構造物の絡み合うその先に、奈落のような闇がのぞいていた。
「トロッコのエンジンがかかりっぱなしだけど、大丈夫かなあ?」
 帰り道のことを心配しているのであろうか、ナユタが不安そうな声を上げる。
「来るときに、だいぶフロギストンを補充しておいたから、大丈夫だよ」
「カッツェは前にもここに来たことがあるの?」
「何度か、ね」
 ナユタの問いに応えながら、カッツェは鋼鉄製の大きな扉に歩みより、大きなバーノブをためつすがめつした。
「ねえ、手伝ってくれないか? この扉、重くて僕だけじゃ開かないんだ」
 カッツェの声に、二人は慌ててばねの様に、扉に取りすがった。カッツェの掛け声に合わせ、3人でバーノブを引っ張る。
 だがそれは、簡単に動くようなシロモノではなかった。
 キサは渾身の力を込めてノブを引っ張りつづけた。
 血が顔に上り、息が切れてくる。指がちぎれるのではないかと思えるほど痛んだが、それでも彼は力の限りノブを引き続けた。
 やがて、それまでびくともしなかった鋼鉄の扉が、悲鳴のような音を立てながら少しずつ開き始めた。
 隙間から凍てつくような風が吹き込み、上気して火照ったキサの頬を冷やした。風に押されたせいか、少しずつ軽くなっていく。
「がんばれ、もう少しだよ!!」
 カッツェが息を切らしながら叫び声を上げる。
 3人は最後の力を振り絞り、扉を引っ張った。
 抵抗が急になくなり、3人は後ろ向きに倒れこんだ。扉が轟音を立てて全開になる。その響きは奈落の様に開いた階下の闇の中に、いつまでも響き渡っていた。
 キサ達は、したたか足場の床に打ちつけた腰をさすりながら立ち上がった。戸口からは突風が吹き込んでくるが、彼らのいる足場からは何かが影になって空の様子が見えない。3人は言葉を交わす事もなく、無言のまま、戸口をくぐって外へと出た。
 そこは大きなテラス状の空間だった。戸口の中から空が見えなかったのは、ちょうどテラスをまたぐ様に作られた支柱の上に据え付けられた、大きな円盤状の構造物にさえぎられていたためであった。
 ナユタがたまりかねたように駆け出すと、テラスの一番張り出した部分の手すりにつかまり、空を見上げた。キサは、ナユタがいつもの様に歓声を上げるだろうと思ったが、まるで何かに憑かれたかの様に沈黙したまま、いつまでも空を眺めている。
 キサは振り向いて、彼の背後にたたずんでいたカッツェの顔を見つめた。カッツェはかすかな笑みをたたえたままの表情でうなずいて見せる。キサは意を決してゆっくりとテラスの先端部まで歩いて行った。
「…みろよ、キサ、すごいぞ」
 ナユタが空を見上げたまま、ささやく。キサが視線を上げたその先に、光点をちりばめた海が広がっていた。
「………………!!」
 何も言葉が出てこなかった。いや、彼の言葉では、生まれて初めて見るその光景を表現することができなかった。
 空一面に広がる、様々な色の輝かしい光点。ちらちらと、せわしく頼りなげに明滅する星々の美しさに、キサはただただ魅せられていた。それは、星図盤で見たのと、いや、星図盤のそれよりも、はるかに美しい光景だった。
 キサの側に、カッツェが歩み寄った。キサは、ようやく言葉を振り絞り、一言だけ、つぶやいた。
「……きれい、だね」
 カッツェは無言のまま、頷いた。
 なにか、とても恥ずかしい気分になって、キサは俯く。そして、天上の光景にばかり気を取られてそれまで気づかなかった地上の光景を見て、彼は思わずあっと、小さな叫びを上げた。
 その声を聞きとがめたか、ナユタが訝しげに問う。
「どうした、キサ?」
「みてよ、ナユタ……ほら、僕らの足元にも、星がたくさん…」
「えっ!?」
 彼らの足元に、自分達の住まう街が広がっている。
 蒸気に煙り、かすんだ街を覆うように無数の光点がはかなげな光を放っていた。ちらちらと動き揺らめくその頼りなげな光の群れは、子供達が風に流した、『風鳴きの祭』のお守りなのか、それとも、街の灯なのか……。
 キサは何故か、物悲しい思いにとらわれた。
作品名:風鳴の祭 作家名:かにす