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風鳴の祭

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 ……あれが星なのか?

 キサは胸が高鳴るその音を確かに聞いた。風に凍える身体の奥から熱いものが湧き上がってくる。
 それは文化地区の入り口に立った時に感じたのと似た感覚であった。

 星だ。星が見える……!!

 支柱を握る指先に力を込め、キサは再びはしごを昇り始めた。
 1歩、1歩……ゆっくりだが、確かな足取りで昇って行く。あの星たちを、もっと近くで見てみたい。その想いが彼の不安や恐れを吹き消していた。
 夢中になって手足を動かしながら、キサはひたすら念じ続けていた。もっと近くへ、あの星々の光の、もっと、もっと近くへ……。

 やがてはしごはプラットホームに繋がる足場に行きついた。
 足場からは狭く短い階段があり、その先に作業用のプラットホームが据え付けられている。急ぎ足で階段を上るキサの上から響く声。
「なにやってるんだよ、遅いじゃないか」
 ナユタが腕を組み、大仰な表情でキサを見下ろしていた。キサはプラットホームまで駆けあがり、大きく息をついた。
「ナユタの昇るのが速すぎるんだよ。僕、君を呼んだのに、答えてくれなかったじゃないか」
「カッツェと一緒に向こうの引込み線に行って、隠してあったトロッコの準備をしていたんだよ」
「そうだ、カッツェは?」
「もうすぐトロッコを動かしてここまで来るはずだよ……ほら!!」
 風の唸りに混ざって、軽快なエンジン音が響いてくる。引込み線の暗がりからトロッコの姿が現われる。
 突然、トロッコの前方灯が眩い光を放った。
 暗さに慣れきっていたキサの目には、その光は刺すように痛かった。思わず目をつぶり、顔を伏せて光を避ける。
 ゆっくりと目を開けたキサの視界に、トロッコの運転台から俊敏な動きで飛び降りる人影が飛び込んできた。光の輪の中に降り立ち、優雅さを感じさせる動作で振り向いた銀髪の少年……カッツェであった。
 奇妙な感覚がキサの胸の内に巻き起こる。
 まるで何年も逢っていなかった友人と再会した時のような、懐かしさを伴う暖かな思い。振り向いたカッツェの視線を受けたキサは妙な気恥ずかしさを感じて俯いてしまう。
 キサの心中を察したのか、それともそんな事には全く無頓着なのか、カッツェは彼の様子に気づいた振りもなく、いつもの美しく冷ややかな口調で言った。
「この鉄路は廃棄された路線に繋がっている。ここからトロッコに乗って、放棄区画にある”通信塔”に向かうんだ」
 放棄区画とは、老朽化などの理由で居住に適さなくなったため、放棄閉鎖された街の区画のことである。この巨大な街には無数の放棄区画が存在するが、、”通信塔”という言葉は初めて聞く言葉である。
「”通信塔”ってなんだい?」
 キサの言葉をさえぎり、ナユタが言った。
 それはいつもと変わらぬ口調であったにも関わらず、まるで無遠慮で失礼な言葉に聞こえ、キサは内心怒りを覚える。
「放棄区画がまだ使われていた頃、特別な用途で使用されていた高い建築物……ということしか、僕にもわからない。ただ、この辺りで星を観るには一番適した場所であることは請け合いだよ」
 カッツェは何故か問いを発したナユタではなくキサを振り返り、口許に微かな笑みを浮かべた。惚けたように彼の顔を見つめていたキサはたちまち恥ずかしさに頬を染めて、再び俯いてしまった。
「そんな高い場所にどうやって上がるの? 歩いて昇るなら嫌だなあ」
「非常用の小さな昇降機が有って、このトロッコのエンジンを繋ぐことが出来るんだ。それを使って塔の屋上まで上がれる」
「へぇ、そりゃ楽ちんそうでいいや」
 俯いたまま、気もそぞろに二人のやり取りを聞いていたキサは、自分の指先を温かく柔らかな感触が包むのを感じた。優雅で華奢な作りの手が、彼の指先を握っている。キサはその手に沿って視線を走らせる。やがてそれは、彼をじっと見つめる黄金の瞳へと行きついた。
 かすかに温かみを帯びた口調でカッツェが言う。
「さあ、急ごう。だんだん風が強くなる。僕達の風鳴りの祭の始まりだ」
 頬が激しく上気するのを感じる。キサはカッツェの顔を見据え、そして力強く頷いた。

 トロッコで廃線を抜け、放棄区画へと入る。
 人が住まなくなってからどれほどの歳月が流れているのか……利用されている区画より遥かに崩壊の進んだ街の風景は如何にも恐ろしげであったが、その思いがキサの胸の中まで入りこんでくることはなかった。
 ナユタが周囲を見回し、興奮しきった口調で語り掛けてくるが、キサにはその言葉もほとんど聞こえない。エンジンが刻む軽快なリズムも、車輪が鳴らす鉄路のかたかたという音も、そして、廃虚を吹き抜けて行く風の、悲し気な咆哮も、今の彼には届かない。
 彼に聞こえているのは、が運転台でトロッコを操作するカッツェの規則正しい息遣いだった。遠く、闇を見据えるカッツェの横顔をキサはいつまでも見つめていた。
 彼と一緒なら、どこまでもいける……。
 キサの胸の内に、いつのまにかそのような思いが芽生えていた。目の前に広がる、この闇のはるか向こうにだって、行けるような、そんな思いが……。暖かく、そしてどこか物悲しくも思えるその感覚が心地よかった。いつまでも、このままでいたい……。
 ナユタの発した、ほとんど悲鳴のような叫び声が、キサの夢想を断ち切る。彼はナユタが指差す方向……トロッコの進行方向へと視線を移した。
 巨大な建造物がそこにあった。周囲の建造物よりもはるかに背の高いそれは、あたかも天につかみかかろうとしている、巨大な腕のようであった。よじれた指先に、小さく開いた花のような影が見える。それは今までキサが見たことのない、不可思議で、恐ろしい外観の建造物であった。
 彼らが走っている鉄路は、その根元の闇へと、吸い込まれている。その禍々しい光景に、キサは初めて強い不安を感じた。
「あれが、”通信塔”さ」
 カッツェが、当然のように淡々とした口調で言った。
「さあ、目的地まで、もうすぐだよ」
 カッツェの言葉が、キサの心を覆おうとしていた暗雲を吹き消す。彼は勢い込んでうなずき、行く手にそびえる無気味な建造物をきっとした視線で見据え直した。
 鉄路は、”通信塔”の基部に開いた大きな通用口に飲み込まれていた。三人を乗せたトロッコはその中へ侵入し、大きく開いた作業用ホールの中心にゆっくりと停車した。
 カッツェが身を翻してトロッコを飛び下りると、後の二人もそれに続いた。
「大きな建物だなあ……」
ナユタがホールを見渡し、感嘆の声をあげる。放棄区画に来てからこの方、彼の口からは驚きの声しか発せられておらず、しかも、どれだけ驚き続けてもそのストックが途切れることはないらしい。キサは思わず声を上げてくすくすと笑ってしまう。
「…どうしたんだよ、キサ。何がそんなにおかしいんだ?」
「ご、ごめん。なんでもないよ」
 ナユタの問いに、キサは居住まいを正して笑いを飲み込んだ。ナユタには、彼をよく知らない人からは意外に思われるような繊細な一面があることを、キサは知っていたのだ。
「さあ、みんな、手伝ってくれよ」
 カッツェの声に二人は振り向いた。
作品名:風鳴の祭 作家名:かにす