小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

竜王号の冒険

INDEX|9ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 

 しかし、今日のイルフィには、それがどこか見慣れない、異世界の風景のように思えてならなかった。
『僕たちは、どれだけ世界のことを知っていると言えるのでしょうか?』
 別れ際にカムジンが発した言葉が、彼女の耳にこびりついて離れない。
 狩猟船乗りとしての生活に追われ、見逃してきたことが、今彼女に大きな疑問としてのしかかっていた。

 『逆鱗亭』を出たイルフィたちは、港の一角に停泊していたカムジンの狩猟船を見学した。
 それは、大きさこそ『ドラゴンフライ』より一回り小型であったが、すべてにおいて、老朽化した『ドラゴンフライ』を凌駕する性能を持つ、最新鋭の狩猟船だった。
 竜核機関には、このクラスの船では普通、まず使われることのない大型竜から採取された強力な竜核が用いられており、通常このクラスの狩猟船の数倍の出力が期待できるものであった。
 狩猟に用いる装備一式も、高価で高性能のものが搭載されていた。特にワイヤーフックには金属製ではなく、硬竜と呼ばれるタイプの竜から採取した、硬質でかつ弾性のある角を加工したフックが使われており、リューガの目を引いた。
 金属製の武器では竜に刺激を与えやすく、変容を誘発しやすいことはよく知られていることである。竜に極力よけいな刺激を与えず、かつ確実にダメージを与えるためは、同じ竜から採取した素材を使って作った武器を用いるのが理想的であるが、その素材となる竜はそう滅多に現れるものではない。そのため、そのたぐいの武器は希少価値が高く、そう簡単に入手できるものではない。
 カムジンに対しては、こころよい印象を抱いてはいないかに見えたリューガも、実際に船を目の当たりにして、興奮を抑えきれない様子であった。さすがに血は争えない、と言ったところだろうか。
「すげえ船だ。たしかにこれなら、神竜相手だって、互角に渡り合える気もしてくるぜ」
 一通り船を見たリューガが感想をもらすと、カムジンは答えた。
「いくら狩猟船乗りの腕がよくても、船自体が悪ければ結果を出すことはかないません。……どうです、悪い取引ではないと思いますが?」
 まるで、先の航海のさんざんな結果を知っているかのようなカムジンの言い方にイルフィは疑問を感じる。まるで、自分たちのことがすべて彼に知られているような気がして、彼女は落ち着かなかった。
 ただ、彼の言うことは疑いようもない正論である。すでに船齢が百年にも及ぼうというドラゴンフライが、今となっては老朽化が過ぎて実用に耐えなくなっているのはまぎれもない事実なのだ。
 結局、明朝までに回答を出すことを約束し、イルフィたちはいったんカムジンと分かれたのであった。
「僕はあの船で待っていますから……いいお返事を、お待ちしてますよ」
 桟橋で分かれる間際カムジンはそう言ったが、自信に満ちたその表情は、まるではじめから彼らの回答を知っているようにも感じられ、イルフィの疑念はますます大きくなるばかりであった。

 イルフィの座っているそのかたわらに、小さな墓石が立っている。
 まだ、建てられてそれほど月日の経っていない墓石には、こんな銘が刻まれている。
『テグ・ランディス 狩猟船船長 エアシーズ暦一八六年第二狩猟期十七目 没』
 一切修飾を廃した墓碑銘は、故人の人となりに相応しいものだった。
 イルフィは墓石に向かって語りかける。
「『ドラゴンフライ』を壊してしまって、ごめんね、父さん。代わりの船を提供してくれるって言う人がいるんだけど、どうするか迷っちゃって……」
 出資者を持つ狩猟船は少なくない。
 大きな資本の後押しを受けられれば、船の改修や新しい設備への投資が楽になるし、不猟のシーズンでも、生活の保障が得られるなど、経済的なメリットは計り知れないものがある。実際、猟そっちのけで、出資者探しに奔走する狩猟船乗りも多い。
 しかし一方で、出資者を持つということは、狩猟船に大きな枷がかけられることを同時に意味している。出資者の事情で、操業する空域に制限がされたりノルマを課せられるのは当然として、中には出資者が船に乗り込み、船長をさしおいて自ら陣頭指揮を取ろうとする者もいる。当然、いざこざは避けられなくなるし、指揮系統の混乱した狩猟船が悲劇に見舞われるケースも多い。
 そうした問題があるため、出資者を持たずに自分たちの力量だけで稼ぎを立てている、独立心旺盛な狩猟船乗りも、少なくない。そうした者たちは『独立猟師』とも呼ばれており、テグ・ランディスも、独立猟師として有名をはせた男であった。
 おそらくクルーたちはみな、カムジンとの契約を認めてくれるであろう……それはイルフィにも判っていた。
 だが、それは彼らに独立猟師としての誇りをすてろと命じることでもある。イルフィは決断に悩んでいた。
「イルフィ!」
 顔をあげると、ちょうどリューガが斜面を駆け上ってくるところだった。
 息を切らすこともなく駆け寄ってくると、彼女の横に腰を降ろした。
「やっぱりここだったか」
「他のみんなは?」
「みんな、酒場に集まってる。今日のこと、説明しなきゃいけないだろ? それで呼びに来たんだ」
「………………」
「あ、さてはまだ決めかねてるな?」
「リューガはどうなのよ? もう決心はついたわけ?」
 リューガは頭を振った。
「ああ……俺は、あいつを出資者として迎えることに賛成する」
「へぇ、意外な結論ね」
「断っておくけど、あの船に目がくらんだわけじゃねえからな……そりゃ、欲しくないと言ったら嘘になるけど」
 リューガは立ち上がり、海を見下ろしながら言葉を続けた。
「あの、カムジンとかいう野郎も、どうにも得体が知れなくていけねえ。できればお近づきにはなりたくないタイプだ」
「じゃあ、なんで賛成するわけ?」
「今のままじゃ、おまえの気がすまないだろうと思ってな」
「えっ?」
 リューガはくるりと振り向くと、彼女を見下ろす。
「おまえが狩猟船乗りになりたくてなったワケじゃないのは判ってるよ。おまえ、オヤジさんの仇をとりたい、と思っているんだろ?」
「……うん」
 テグは、操業中の自己で命を落とした。前の航海で故障したワイヤーフックを、ギルドの処理ミスで交換できないまま次の猟に出たのが、その原因だった。
 竜を追いつめたところでワイヤーフックのウィンチが動かなくなり、修理するためにデッキに出たテグは、そのまま竜にさらわれてしまったのであった。
「今のドラゴンフライじゃ、だましだまし天候のおだやかな空域で操業するくらいのことしかできない。おまえ、それじゃ満足できないだろうが? 竜の海へ出て、思う存分竜と戦いたい……そう思ってるんだろ?」
 リューガの指摘は正しい。『風凪の月』に、竜の海で操業する……それは、今のイルフィにとっては念願ともいえることだったのだ。
「だったら、この機会を逃すことはないんじゃねえのか? 独立猟師のプライドとか、そんなもんはとりあえず置いておけばいいじゃないか? 違うか」
「そうだ……そうだったね」
 乗っている船が問題なのではない、いかに自分が仕事をしたのか、それが重要なんだ……イルフィは、テグが口癖のように言っていた言葉を思い出した。
作品名:竜王号の冒険 作家名:かにす