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竜王号の冒険

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「なぜ、竜はあれほど自在にその姿を変化させることができるか。捕食も生殖活動もしない竜が、なぜ狩られ続けても絶滅しないのか。そもそも、竜はどこから来るのか……思えばこの世界、そして竜には謎が多すぎます」
「あんたの研究のことはよく判ったよ、カラブランさん」
 リューガが顔に不愉快な表情を露骨に浮かべて言う。
「で、あんたの研究と俺たちに、一体なんの関係があるっていうんだい?」
「ははは、失礼。つい自分の研究内容については夢中になってしまう質なものですから」
 カムジンはショルダーバッグから、一枚の封筒を取り出す。蝋印で封をした、クリーム色の上質な封筒だった。
「僕は自分の研究成果に基づき、神竜の存在を信じています。そして、その研究の最後の仕上げとして、神竜を捕獲したいと考えているのです」
 あまりにさらりと言ってのけたので、最初イルフィもリューガも、その言葉を深くは受け止めなかった。
 が、彼の言葉を理解した瞬間、二人は思わず異口同音に叫んでしまった。
「……神竜を捕獲する!?」
「ええ……ここに、一枚の契約書を持参致しました。僕はあなたがたに、神竜の探索を依頼したいと、考えているのです」
「……!?」
 カムジンの思わぬ申し出に、イルフィとサバンスは顔を見合わせ、しばし言葉を見合わせた。一人状況が飲み込めないリューガは、二人の顔をきょとんとしながら見くらべている。
「……こりゃあ、とほうもない話だ。そんな雲をつかむような目的のために、俺たちの出資者(ルビ:パトロン)になると言うのかい、あんたは?」
「いけませんか?」
「でも、なんでまた、あたしたちに? 西エアシーズにだって、優秀な狩猟船乗りはいくらでもいるでしょう。なんでわざわざこんな遠方まで……?」
「これでもいろいろ、世間のしがらみってやつを抱えてましてね。いくら仕事を従業員任せにしているとは言え、一応、カラブラン造船所の社長ですから、地元だと体面とか世間体とか、気にしなきゃいけないんですよ」
「………………」
 イルフィは無言でうなずいた。
 自由気ままに生きているように見える狩猟船乗りにも家柄や血筋というものはある。テグ・ランディスの娘であるという事実は、彼女にとってハンディになることはあっても、メリットになることはほとんどない。テグの死後、彼女は同情よりもむしろ嫉妬を受けることの方が多かったのである。
『テグ・ランディスの娘だからって、いい気になるなよ!』
『おまえは運がいいだけなんだ!』
『竜が父親の名前に恐れをなしてくれるとは思うな!』
 ……まだ、年端もいかない彼女に対して浴びせられた、数々の心ない言葉。子供だからといって、世の中は味方ばかりはしてくれないのだということを、彼女は思い知らされたのだった。
「それに、この仕事はよほど優秀な人にしかお任せできないと思いまして、西エアシーズのみならず、広く人材を捜していたんです」
「それで、あたしたちに目星をつけたんですか?」
「ええ、まあ。……あ、でもテグ・ランディス船長のことは以前から存じ上げてましたよ。なにせ、あなたのお父上は、東エアシーズのみならず、世界にその名を知られた名船長ですからね」
 カムジンはポケットから小さな銀作りのペーパーナイフを取り出すと、封筒の封を切り、中からたたまれた書類を取りだした。
「詳しい契約の内容はこちらに記してあります。ご確認ください」
 イルフィは書類を広げてリューガたちにも見えるよう、テーブルの上に広げる。
 書類には、公式の契約書に用いられる書式で、細かな契約の条項が記されている。要約すると、それは次のような内容だった。

 一、契約期間は神竜捕獲計画の終了までとする。
 二、契約期間中はカムジンが狩猟船に同乗するのを認めること。また、彼の調査研究
   に必要な労力(狩猟含む)を提供すること。
 三、調査研究活動以外の操業については、すべてイルフィ側の意向に添い、カムジン
   はこれに一切干渉しないこと
 四、計画終了後、カムジンは別途規定の報酬を支払う。また、航行中の諸経費をもつ
   他、計画に関係ない通常操業での収入はすべてイルフィたちのものとする。
 五、本計画の実行にあたり、カムジンは新型の狩猟船をイルフィたちに提供する

 書類に目を通したリューガは、首をかしげ、怪訝そうに言った。
「ずいぶんと、こちらに有利な条件ばかりそろってるけど、本当にいいのか? まあ、こっちにしちゃあ、有り難い話だが」
「もともと営利目的の契約ではありませんからね。僕は学術的興味で神竜をこの目で見、そして捕まえたいだけなんです。 そのためには、金に糸目をつけるつもりはありません」
 カムジンはそう言ってにっこりと微笑んだ。
「もう一つ、聞いておきたいことが」
 リューガの口調は穏やかだったが、その顔は険しい表情で覆われている。カムジンをねめつけるようにじっと見すえながら、低いトーンで言った。
「たとえ、神竜を実際に発見することができたとしてもだ。やつはかつて世界を滅ぼしたという怪物だ。俺たちは狩猟船乗りだから、どんな竜にだって恐れず挑む覚悟はある。だが、そんな竜相手に、本当に勝てると思っているのか?」
「以外に弱気なんですね、ダイスン副長は」
 カムジンの言葉には明らかに挑発の意味がこもっていたが、リューガは冷静さを保って答えた。
「テグ・ランディスだって、神竜相手となればちゅうちょしただろうさ。あんたがどう思っているかは知らないが、狩猟船乗りってのは意外に慎重でね」
「なるほど……勇気と蛮勇は別物だということをご存じ、というわけですね」
 カムジンは得心いったようにうなずいた。
「まあ、まずは発見することができるかどうかの問題ですからね、どうするかはその時考える、というのでいかがです? 勝てそうならもちろん自分たちの手で捕まえるし、無理ならあきらめて、ギルドに後を頼めばいい」
「……ずいぶんといい加減だな」
「目的達成のために、皆さんの命をください……なんて言って、納得していただけます?」
「いや、賢い判断だと思いますがね」
「……すこし、考えさせてもらえませんか?」
 ようやくそう答えると、カムジンは納得したようにこくりとうなずいた。
「即答を戴けるとは思ってません。なにより、僕が本当に造船所の社長かどうか、証拠をお見せしたわけでもありませんからね。慎重になられるのも当然でしょう」
「………………」
「実はもう、契約書に書いてある狩猟船はこの港に運んであるんですよ。どうです、これから見に行ってみませんか? その目で見て、判断していただければ」

   *   *   *

 イルフィは、ケアズの町はずれにある小さな丘の斜面に腰を降ろし、思案にくれていた。
 ここはケアズで一番見晴らしのいい場所で、街の全景から西に向かって広がる海を一望することができる。海は西日に照らされ、赤々と燃えるように輝いていた。
 幼い頃、イルフィはよくテグに連れられてこの丘を登り、こうして夕陽をながめたものである。
 父の肩の上でながめた光景……今も、その景色は変わっていない。
作品名:竜王号の冒険 作家名:かにす