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竜王号の冒険

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 男は服のポケットをあわただしくまさぐり、ようやく懐からよれよれになった名刺を取り出した。
「カムジン・カラブランさん……?」
 サバンスが小首をかしげながら言った。
「聞いたことのある名前ですな……そうだ、確か西エアシーズの大手造船所の」
「ああ、よくご存じですね……ええ、その造船所の社長を務めてます」
「造船所の、社長さん!?」
 イルフィは思わず奇声を発した。
 言われてみれば、たしかに身に付けているモノはどれも高級品のようだが、しかしどう見ても、社長というタイプではない。
「その、造船所の社長さんが、一体何の用なんだよ?」
「ええ、実は僕、趣味で竜のことを研究してまして……」
 にっと、顔をほころばせて、言葉を続ける。
「……立ち話もなんです、どこかで食事でもしませんか? むろん僕のおごりってことで」

 『逆鱗亭』は、かつてテグがひいきにしていた、ケアズでも老舗の酒場である。夜間の営業だけではなく、昼間は食事のメニューも出している。安くてボリュームのある料理は、船乗りたちから絶大な支持を得ていた。
 古めかしい木造の店内は、調理の煙と煙草のヤニでどこもかしこも黒光りしている。朝食目当ての客がちょうど帰っていったところで、客の姿はほとんどない。
 奥のボックス席で、カムジンと名乗った男が魚介類入りシチューの大皿と格闘している。周りを囲むイルフィたちは、あきれ顔で彼の健啖ぶりを見つめていた。
「いやあ、こういう料理にあこがれてたんですよ、僕ぁ」
 灰白色のシチューの上に砕いたクラッカーを振りまきながら、カムジンが語る。
「港町に住んでいながら、自分が船乗りじゃないもんだから、どうしても気が引けてしまいましてねぇ、一人でこういうお店に入る勇気が持てなかったんですよね。ハッハッハ……」
 一人で散々、機関銃のようにまくしたてると、カムジンは大皿を持ち上げて最後の仕上げに取りかかった。
 いっこうに話の本題に入ろうとしないカムジンに、業を煮やしたイルフィが尋ねた。
「そろそろ本題を聞かせていただけませんか、カラブランさん」
「ああ、そうでしたね。このシチューが美味しいものだから、つい忘れていましたよ」
 シチュー四人前の大皿を完食したカムジンは、満足げに息を吐き出し、口元をハンカチで拭きながら話を切りだした。
「先ほども申し上げたとおり、僕は趣味でこのエアシーズの歴史と竜の生態を研究してましてね」
 椅子のかたわらに置いたショルダーバッグから一冊の分厚い書物を取り出す。
 なめした上質の竜皮で作られた銀色の表紙に、黒文字でタイトルと著者名が大きく記されていた。
「『神竜と古代文明の関係』、カムジン・カラブラン……あなたがお書きになった本ですか」
「ええ、三年前に出版したものですが……ご存じありませんか?」
 カムジンは悲しそうな表情を浮かべる。
「すみません、その……本はあまり、読まないもので……」
 物心ついた頃にはすでに狩猟船に乗り込み、船乗りとしての人生を歩んでいたイルフィにとって、読書というのは、ほんのたまに出来た暇を潰す余興のようなものに過ぎない。それも父が残したわずかな蔵書で事足りてしまうのだから、最近出版された書物のことなど、知っているはずもなかった。
「いやまあ、知らないのも仕方ないですね。ほとんど売れずに返本の嵐でしたから」
 ころりと表情を変え、あっけらかんと笑うカムジン。イルフィはどっと疲れが襲ってくるのを感じた。
「それにしても、今日び神竜のご研究とは、酔狂……いや、珍しいことをやってるな、あんた」
 リューガのその言葉には、あからさまな皮肉のニュアンスが含まれていたが、何を思い違いしたのか、カムジンは胸を張って自信ありげに答えた。
「そりゃもう、僕は確信しておりますから。神竜がかつてエアシーズに存在し、古代人の文明を滅ぼしたということ……そして今もなお、あの嵐の海にその身を隠している、ということを!!」

   4

 この世界には、現在のエアシーズ人が出現する前に、別の種族が高度な文明を築いていたという説が存在している。彼らは固有の名称で呼ばれることはなく、現代エアシーズ人と区別を必要とする場合、『古代人』と呼称されるのが一般的だ。
 古代人が存在したことは、世界のそこかしこに残された遺跡を見れば疑いようがないが、彼らがなぜ滅びてしまったかについては、諸説が存在しており定かではない。
 その中でも、ひときわ異端とされているのが、『神竜』と呼ばれる竜によって滅ぼされたとされる説である。
 その説の根拠とされているのは、ある遺跡の石碑に刻まれていた文章であった。

 『我ら天地をに降臨し、そこに住まいしもの、地をはうもの、空を飛びしもの
  水面を泳ぐもの、肉を食らうもの、そして人と竜を創れり。
  かくて我ら、この天地を統べ、遠き星々へと渡る船とせんとするも、
  人、そして竜、我に及ぶ知恵を持ちて、我に逆らえり。
  しかるに我ら、かの者たちを創造せしことを悔ゆれば、人と竜を越えしものを
  新たに創りて、これを滅そうとするものなり。
  なれど人と竜を越えしもの、我らに逆らわん。
  光放ち翼持て、竜と人を率いて世界を巡りて、七日七晩、これを焼き尽くす。
  我ら、かの者に命名す。
  竜を越えし竜、すなわち神竜、と』
 
 ……天地創造のプロセスが描かれていることから、通常この碑文は古代人たちの神話を描いたもの解釈される場合が多い。
 しかし、この碑文を神話の記述ではなく、現実に世界に起きた事実を記録したものだという説を唱えるものいる。彼らは『神竜』の実在を信じ、今なお、『竜の海』のどこかに潜んでいるに違いないと主張しているが、今ではほとんどその説を信じているものはいない。

「神竜なんて、よほど迷信深い船乗りでも、今時信じてる奴はいないぜ」
 リューガがそういうと、カムジンは真顔になって答えた。
「そう、確かに人々は大昔から神竜の探索を行い続けてきましたが、今もなお、発見には至ってません。ですから、神竜は実在しなかった、という説が生まれてくるのも、ある意味仕方がないことかもしれません」
 カムジンは手元のタンブラーを取って、半分ほど残っていた果実酒を飲み干す。
「……ですが、ダイスン副長。発見されてないからと言って、神竜が存在しないと決めつけることが、果たしてできるでしょうか?」
「理屈の上ではそうだな。しかし見つかっていない事実は事実だ」
「何者かが、その存在を隠している、としたらどうです?」
「誰かが神竜を隠しているっていうのかい?」
 カムジンは大きくうなずいてみせる。
「竜の海の中心から半径五百キロ以内は、船の航行をはばむ暴風雨圏であり、そこに何があるか知る者は誰もいません。なぜ、嵐が恒久的にあの空域で発生しつづけている、その理由も解明されてはいませんしね」
「つまりカラブランさんは、神竜がその空域に潜んでいると、おっしゃるわけですか?」
「まあ、その可能性も十分に考えられますね。ですがそれは、さらに大きな可能性の、ほんの一部をなすものに過ぎません」
 カムジンは窓の外を見つめ、独り言のように、とうとうと自説を語り続けた。
作品名:竜王号の冒険 作家名:かにす