竜王号の冒険
特異体の蜂起の後も、プラントの管理コンピュータの暴走を止めることはできなかった。プラント自体を破壊するという方法も残されてはいたが、竜を失えばこの星は元の劣悪な環境に戻ってしまうために、古代人たちはプラント自体を停止することもできなかったのである。
わずかに残された古代人たちは、プラントの存在を隠すために気象をコントロールしてプラント周辺の空域を暴風雨で覆う一方で、竜の数を適正に維持しつつ、自らの身を守るためにスレイブノイドたちを教化し、コントロールできなくなった竜たちと戦う方法を教え込んだ。
やがて、古代人たちは種としての衰弱を迎え、自然に滅亡していったが、彼らが作り上げた社会体制を、エアシーズ人たちは守り続けたのである。
「……そうして数百年の歳月が流れた、というわけさ」
カムジンの話には理解できない部分も多かったが、イルフィたちにも、その大意を理解することはできた。
「……つまり、俺たちはあんたらに創られた、召使いだったってわけか」
リューガが忌々しげに言うと、カムジンは大げさに頭を振って答えた。
「そのとおりだ。おまえらは僕たちの道具として創られた存在にすぎないのだよ」
「あたしたちが、道具だなんて……」
イルフィはカムジンに聞かされた話の意味の重さに、うちのめされていた。
道具として創り出された上に、彼らは古代人たちの保身のために、いわば同族同士、殺し合いをさせられていたのだ。
これまで、竜に向けていた憎しみが自分に跳ね返ってくるのをイルフィは感じ、深い自己嫌悪を覚える。
「……で、あんたの目的はなんなんだよ」
「僕の目的は復讐、そして後始末さ」
「復讐……?」
「おまえたちは、僕から父と母を奪った。その復讐だよ」
カムジンは、自らその目で見、体験したできごとをつまびらかに語る。
「僕の両親は、このプラントに勤めていた研究者でね。
毎日仕事が終わる時間になると、僕は妹のテアを連れて、この施設を訪れたものだよ。
施設から出てくると、父さんは僕と妹をかわりばんこに肩車してくれたものさ。
母さんは肩車の順番を待つ僕たちの手を引いてくれてね。
僕らはそれが楽しみで、毎日父さんたちを迎えに通っていたのさ」
「だけど、あの日は違った。施設からけたたましい警報が鳴り響いたかと思うと、空一面を竜の大群が覆って……僕はただ、物陰に隠れて、泣きじゃくる妹をかばいながら見つめていることしかできなかったんだ……」
逃げまどう人々、竜の咆哮、悲鳴。
彼の腕の中で、息絶え冷たくなっていく父と母。
泣きじゃくる妹の声……。
彼の目の前で展開された、地獄絵図のような光景。
「そう……おまえたちは僕らから大切なものをすべて奪った。僕はその復讐をするために、これまで生きてきたんだよ。同じ方法で、同じ恐怖を味わわせるためにね」
イルフィはカムジンのその言葉を聞いて、はっとする。
それでは、自分と同じではないか……!?
父を失ってからこの三年間、彼女は自分から父を奪った竜を憎み、復讐するつもりで、狩猟船乗りを目指してきたのだ。
カムジンがやろうとしていることと、自分がやってきたことに、一体どんな違いがあるというのだ?
「過ちは修正されなければいけない。竜を生み出したことがあの悲劇を招いたのだとすれば、残された僕らに課せられた義務は、竜たちをこの世界から消し去って、元の状態に戻すことだ。長い長い年月をかけて準備してきたことが、今ようやく結実するんだよ」
カムジンはリューガに突き付けていた機械を降ろす。いきなり身体の自由が戻ったリューガはバランスを崩してそのまま倒れ込んだ。
「……ってぇ!!」
「リューガ、だいじょうぶ!?」
リューガに駆け寄り、助け起こす。
「さあ、茶番劇はそろそろおしまいだよ。この世界から竜と人が消え去る時だ」
カムジンの背後に、おずおずと近づく少年の姿。ソーマだった。
「……ソーマ君!」
「おねえちゃん……ぼくは、もう、あんなことをしたくないよ……」
カムジンは手の甲で、ソーマの頬をはたいた。
「黙れ! おまえは僕の命令に従っていればいいんだ」
「ちょっと、なんてことするのよ!! 相手は子供じゃないの!!」
「まだ判らないのかい? こいつは子供なんかじゃない。竜特異体だ。僕らに使われるためだけに存在する道具なんだよ」
カムジンはそれまでリューガに突き付けていた機械をソーマに突き付ける。
ソーマは後ずさりし、哀願する。
「……やだ、やめてよ!」
「ふん、一人前に自分のなしたことに後悔を覚えているというのか? 僕に操られていたことも、満足に覚えていないくせに」
カムジンは機械をソーマに突き付けたまま、彼ににじり寄る。
いやがるソーマはその場にうずくまり頭を抱えて震える。
カムジンの無慈悲な行為に、イルフィは怒りを覚えて叫んだ。
「カムジン、やめなさい!!」
「……僕に命令するのか?」
カムジンはまがまがしい笑みを顔に浮かべる。
「道具の分際で、僕に命令しようというのか? 傑作だ。だが、おまえに何ができるというのだ? もはやおまえたちに成す術など、残されていない」
カムジンは、怯えるソーマとイルフィを見くらべ、その笑みを狂気でさらにゆがませた。
「最後に、残された謎の秘密を教えてやろう」
「最後の秘密……?」
「おまえたちをここまで導いたもの……おまえたちが神竜と呼んでいるものの正体を。さあ、見るがいい」
カムジンは機械のスイッチを押す。ソーマが苦痛に耐えかね、苦悶の声を上げる。
「……うわぁぁあああっ!!」
「ソーマ君!!」
ソーマの身体に、異変が生じる。まるで、風船のようにその身体がふくらんだかと思うと、その姿を変え始めた。
顔面に複眼が浮かび上がり、全身に金色のうろこが生えてゆく。
「まさか……ソーマ君が、神竜……!?」
「そうだよ、イルフィ・ランディス。君たちだってよく知っているだろう? 竜は自在に姿を変えるのさ。それは、この特異体も同じなんだよ」
見る見るうちに、神竜は巨大化していく。周囲の機材を押しつぶしながら変形を完了すると、神竜は光に覆われた翼を振って、飛翔する。
神竜は施設の屋根を突き破り、天空に向かって飛んでいった。破壊された天井から、がれきと化した建材が、辺りへ降り注ぐ。
「はーっはっはっは……!!」
嘲笑の声を残し、カムジンは落下してきた建材の山の向こうに姿を消した。
イルフィとリューガは、その場から逃げることも忘れて、その様子を見守っていた。
「逃げろ、もうじきこの建物は崩壊するぞ!」
セリンの声が、二人の意識を現実に引き戻した。二人が驚いて振り向くと、セリンは銃弾を受けた下腹部を押さえ立ち上がっていた。
「セリンさん!」
「あんた、生きていたのか!?」
「話は後にしよう。とにかく、ここを出るんだ!!」
二人はうなずくと、先導するセリンの後を追って走った。
エントランスまでたどり着いた時、セリンがその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「くっ、やはりここまでか……」
「セリンさん、だいじょうぶ!?」
「おい、しっかりしろ、おい!!」