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竜王号の冒険

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 イルフィは慎重に辺りを見回しながら少年の姿を探す。人影らしいものは、見あたらない。
 やがて、卵状の装置の列は途切れ、別の装置の並ぶ区画へと踏み込んでいく。
 その区画に並んでいるのは、卵状の装置よりも小振りな、ガラス張りの円筒形の装置だった。
「これって……人間!?」
 イルフィは、装置の中に浮かんでいるモノを見て絶句する。
 ガラス容器の中に入っていたのは、人間によく似た姿の生き物だった。
 あの廃墟で、彼らを襲った化け物に似た、複眼とうろこを持つ竜のような姿をした者もいれば、ほとんど寸分違わず、彼女たちと同じ人の姿をした者もいる。
「なにこれ……なんでこんなものまであるわけ!?」
 イルフィは言いしれぬおぞましさに、背筋が凍りついていくような気がした。
「驚いたかい? それは、君たちの祖先の姿……我々古代人が、使役するために作り出した、スレイブノイドの試作品だよ」
 彼女をあざけるようなその声に、イルフィは聞き覚えがあった。
 振り返ると、そこにカムジンの姿があった。拳銃を構え、彼女に向けている。
 いつもかけていた色眼鏡を外し、イルフィをねめつけるその金色の瞳に、イルフィはその表情に強い既視感を覚えた。
「イルフィ、勝手に歩き回っては……あっ!」
 イルフィを追いかけてきたリューガとセリンは、カムジンの姿に気づいて身構えた。
 セリンが一歩前に進み出ると、ぼそりと低い声でカムジンに呼びかけた。
「テルファス……兄さん」
「……兄さん!?」
 イルフィは既視感の正体に気づく。彼女はセリンの面影に、カムジンの姿を映し見ていたのである。
「……おや、テア。生きていたのかい? それは喜ばしい限りだ」
「兄さん、生体プラントの機能まで止めて、この世界を滅ぼすつもりなんですか?」
「そうだよ。もともとこの星は未開の辺境にあった無人の惑星だ。それを元の状態に戻すだけのこと……どこに問題があるというんだい、テア」
「私たちに……彼らを滅ぼす権利など、ないはずです」
「滅ぼす……彼らを? ははは、冗談を言っちゃいけないよ。おまえは優しいから、何にでも情をしめしてしまうけど、時と場合を考えなきゃね」
 カムジンはリューガに視線を移し、口調を変える。
「こんな、道具風情に情を抱いてしまうのが、おまえの欠点だよ、テア」
「なんだと、てめえ……道具風情ってのはどういうことだ!?」
 リューガはカムジンにつかみかかろうとする。
 カムジンは顔色ひとつ変えず、懐から先端にランプのついた万年筆のようなものを取り出し、リューガの鼻先に突きつける。
 リューガはまるで、石像にでもなったかのように、カムジンの胸ぐらにつかみかかろうとしたポーズのまま、硬直してしまう。
「リューガ!?」
「ちくしょう……てめえ、どんな手品使いやがったんだ!?」
 カムジンは大きな声を上げてあざけり笑った。
「壊れた道具のくせして、生意気をいうんじゃないよ」
「なっ!?」
「……まあいい、そこまで知りたいなら教えてやるさ。おまえたち、そしてこの世界の正体をな……」
「兄さん、やめてください! 彼らはそんなことを知らなくても、自分たちで生きていくことができるんですから」
「おいおい、馬鹿をいっちゃいけないよ、テア。望んだのは彼らだ。僕は望み通り、彼らに真実を教えてやろうと思っているだけさ」
「くっ……!!」
 セリンは拳銃をカムジンに突きつけ。撃鉄を起こす。
「……撃てるかい? この僕を」
「………………」
「撃てないだろう。優しいテア。おまえにそんなこと、できるはずはないよね」
 セリンはなおも、震える銃口をカムジンに突きつけていたが、ついに引き金を引くことはできない。あきらめたように、銃を構えた腕を降ろす。
「そうだよね……それが兄妹の、家族の情というものさ。だけどね、テア」
「!?」
「僕には、それができるんだ」
 カムジンは顔色ひとつ変えずに、引き金をひいた。
 銃声が響き渡り、セリンははじき飛ばされるように後ろへ倒れ込み、動かなくなった。
「セリンさん!!」
「セリン!!」
「おっと、動かないでもらおうか!?」
 カムジンは銃を構え直し、イルフィへと突き付ける。
「あなた、セリンさんのお兄さんなんでしょ!? どうしてこんなひどいことをするのよ!?」
「ひどいこと?……そう、ひどいことだよね」
 カムジンはにやりと邪な笑みを浮かべる。
「人を殺したり、傷つけるのは、それはひどいことだ……おまえたちの祖先が、かつて僕たちにしたことのように、ね」
「だから、それがなんだっていうんだよ!?」
 硬直したままのリューガが言う。
「俺たちのことを、道具だのなんだの、言いたいこと言いやがって。まわりくどいことはやめろってんだよ」
「……いけないなあ、ダイスン副長。あなたのよくないところはすぐ短気になるところですよ? とにかく、人の話は最後まで聞くことですよ」
「………………」
「そう、そうやっておとなしくしていればいい」
 カムジンは振り向いてイルフィをじっと見つめると、言葉を続けた。
「さて、どこから話をしようかね……まずは、僕らの祖先がこの星にたどり着いたところからにしようか」

   3

 古代人たちは、このエアシーズとは別の星で生まれた民族だった。
 科学文明を高度に発達させた彼らは、恒星間航行用の宇宙船を駆って、その版図を他の星々に広げるまでにいたった。
 彼らは発見した惑星の開拓を効率的におこなうために、人工生命体を利用した開拓システムを創りだした。
 自らは環境に適応しつつ、環境そのものを人類が生存可能な状態に作り替え、状態を維持する能力を持つ、大型人工生命体……後に竜と呼ばれる生物である。さらに竜には、人類の外敵となる生物の駆除をおこなうための、戦闘能力も与えられた。
 このエアシーズも、古代人たちが入植を行い、開拓をおこなった惑星のひとつだった。もともと寒冷で、人類の居住には適していない惑星だったが、竜による開拓で、またたく間に改造されたのであった。
 竜による開拓を行う一方、古代人たちは自らの生活の場において使役するための、別種の生物の開発にも乗り出した。
 竜の遺伝子をベースに古代人らの姿に似せ、自己繁殖能力を有するよう設計されたその人工生命体はスレイブノイドと呼ばれ、過酷な肉体労働などに用いられた。
 竜とスレイブノイド……二つの種族をしたがえた古代人の繁栄は永遠に続くかと思われたが、思わぬできごとによってその栄華はうち砕かれることになる。
 竜を自動的に生産していた生成プラントの管理コンピュータが暴走し、古代人たちのプログラムにはない、新たな生命体を創りだしたのである。
 竜の持つ変身能力と、人の姿形と知能を有する新たな生命体……それが特異体であった。
 竜とコミュニケート可能な能力を持つこの特異体を危険視した古代人たちは、生まれてきた特異体を排除しようとしたが、かえって、それが彼らを追いつめる結果を生んでしまった。
 特異体に率いられた竜とスレイブノイドが突如叛乱を起こし、古代人たちの街を壊滅させたのだ。
作品名:竜王号の冒険 作家名:かにす