竜王号の冒険
「向かって右手方向に、プラントの正面入り口がある。入り口の前には船を降ろすのに十分な広さがあるはずだ」
「りょ、りょうかい」
「あの、セリンさん」
イルフィがためらいがちに声を発する。
「……なんだ?」
「ずいぶん、この施設のこと、お詳しいんですね」
「……昔、ここに来たことがあるからな」
「ここに来た?」
「そう、昔、なんどもな……」
「幼いころって……セリンさん」
「急ごう。神竜を呼び返したのは、彼が何か行動を起こそうとしている証拠だ」
「は、はい……リューガ」
「そうせかすな! 今着陸位置を定めてるところだ」
着陸を完了すると、イルフィはリューガ、セリンと共に船を降りた。
正面入り口の前に立ち、イルフィとリューガはプラントを見上げた。
「やっぱりすげえ……間近でみると、圧倒的だな」
「うん……こんなものを人間が作ったなんて、信じられない」
「何をしている、先を急ぐぞ」
二人は、先を行くセリンの後を追いかけた。
プラントの正面口は鋼鉄製の巨大なゲートでふさがれていた。リューガはゲートを押してみるが、びくともしない。
見たところ、ノブのようなものも鍵穴も見あたらない。
どうやったら開けることができるのか、検討もつかなかった。
「こりゃあ、無理だな。他の入り口を探さないと」
「いや、ここでだいじょうぶだ」
セリンは壁に取り付けられた小さな機械を操作し、ガラスのような光沢のある板がはめ込まれたパネルに軽く指先を触れた。
どこからともなくぴぴっという奇妙な音が聞こえると、続いて何か重いものが動く、低い音が響き渡った。
「ロックは解除された。これで開くはずだ」
何が起きたのか理解できないイルフィたちは首をかしげ、セリンの行動を見守る。
セリンがゲートの前に立つと、ギリギリと機械がきしむ音が聞こえ、鋼鉄製のゲートがゆっくりと内側へ向かって開いていった。
「テルファスはこの中にいる。行くぞ」
セリンの後を追いかけるイルフィに、リューガが近づいてくる。
耳元に口を寄せ、ささやいた。
「なあ、どうなんてるんだ? あいつ、まるでここのことを何もかも知っているような感じだけど」
「昔、ここに来たことがあるって、言っていたけど……」
「何者なんだ、あいつは」
無論、リューガのその疑問の答えなど、イルフィには判るはずもない。ただ、この奥にすべての回答が隠されている……そんな根拠もない確信だけが、彼女の中で大きくふくらんでいった。
ゲートを抜けると、そこは方形をなす広大な面積のエントランスになっていた。
壁面にはどこか他の区画へつながっているのであろう、無数の通用口が並んでいるが、セリンはその中のひとつに迷うこともなく入っていく。イルフィたちは急いでその後を追いかけた。
通路の中はまっ暗だった。二人が通路に入った瞬間、足下の床にぼうっ幾何学的な文様が浮かび上がり、とつぜん、床が動き出す。
「うわっ」
「な、なんだ、どうなってやがる!?」
少し前をいくセリンが振り向くと、二人に言った。
「気にするな。これは動く歩道だ。黙って立っていれば、我々を目的の場所へと運んでくれる」
「へぇ、ずいぶん便利なものがあるもんだね」
リューガはしゃがみこんで、足下の幾何学模様を指先でなぞりながら、感嘆したのか呆れたのか判らない声を上げた。
やがて歩道は、大きく開いた空間へと出る。
地上部分だけでも十分大きく見えた施設だが、こうして中に入ってみると地上と同じぐらいの空間が、地下に向かっても掘り下げられていることが判る。
巨大なドーナッツ状の空間を突き抜ける橋のように通路は続いていた。広大なその空間に大小様々な装置がひしめいているその光景に、イルフィとリューガはただ、圧倒されるばかりだった。
やがて通路は壁を抜けて別の区画へと入ってゆく。
と、とつぜんそれまで動いていた床が停止する。そのことを予想していなかったイルフィとリューガは、身体のバランスを崩し、思わずたたらを踏んでしまった。
「ここから先は自分で歩いてゆくことになる」
「この奥に、何があるんですか?」
「……見れば、判る」
セリンは腰のホルスターから拳銃をぬき、慎重に通路を進んでゆく。イルフィたちも、おどおどとその後に続いた。
通路はシャッターで行き止まりになっていたが、セリンがその前に立つと音もなく開いた。
シャッターを抜けた空間に足を踏み入れたイルフィは、そこにあったものを見て驚嘆の声を上げた。
「こ……これは……!?」
目の前に、直径数百メートルはあろうかという、広大な円形の空間が広がっていた。通路はシャッターを抜けるとすぐに階段になっていて、十メートルほど下の床につながっている。
その床面を、びっしりと多うように、卵の形をした金属製の装置がならんでいた。
イルフィたちが特務船の倉庫で見たものと、同じものであった。
階段を下り、卵形の装置の間の、狭い道を抜けてゆく。セリンは装置のひとつに歩み寄ると、基部に取り付けられたコンソールパネルを調べ始めた。
「おい、イルフィ!」
振り向くと、リューガが卵のひとつによじ登り、のぞき窓から中をのぞいている。興奮した口調で、彼はイルフィに言った。
「卵の……中を見てみろよ!」
「なにがあるのよ?」
「いいから、おまえもそっちの卵の中を、みてみろ!」
イルフィはリューガがよじ登っている隣の卵に自分も昇ると、のぞき窓から中を見た。特務船で見た卵には、気色の悪い液体以外に何も入ってなかったのだが……。
「………………!?」
イルフィは、そのグロテスクな容姿に息を呑んだ。
例えるなら、それは動物の胎児に似ていた。巨大な頭部には、まだ薄い皮膜に覆われた複眼が並び、身体を覆ううろこも、まだ完全には生えそろっていない。身体の大きさには似合わない、大きな竜核を抱えまどろんでいるかのようにも見える。
「それが人工生体……竜の胎児だ」
二人の足下に立ったセリンが声をかける。
「竜の、胎児……」
「そうだ。竜はここで自動的に作り出され、世界に放たれていた……だが、それも終わりだ」
「終わり……?」
「ああ。装置の生命維持機能が、完全に停止している。もうこの金属の卵から、竜が生まれることはない」
「それじゃあ、今、世界にいる竜はどうなるんだ?」
「彼らはその形態のままでは自ら繁殖することができない。数十年から数百年のうちに、エアシーズにいるすべての竜が死に絶えることになるだろう」
「竜核機関が獲れなくなってしまうってことか」
「……それだけでは、すまないがな」
セリンは唇をかみしめ、これまでにも見せたことがないほどの厳しい表情を浮かべる。
その時、かすかな物音が聞こえた。
誰かが何かを踏み壊す、乾いた小さな音。イルフィが視線をあげると、卵の列の少し先を、少年と思しき走り去っていく姿が見えた。
「……ソーマ君!?」
ハッキリとみえたわけではなかったが、逃げていくその後ろ姿は確かにソーマのものに見えた。
イルフィは装置から飛び降りるとソーマの後を追った。姿の見えなくなった点で立ち止まり、辺りを見回す。
「ソーマ君? イルフィよ! 逃げなくてもいいの!!」
返事はない。