竜王号の冒険
「それがどういう意味か、当然判らなかったさ。ただその直後、竜が右舷の雲からとつぜん現れて、親方をさらっていったんだ……」
「それじゃあ……」
「ああ、親方はいつか、自分が竜に殺されることを望んでいたんだよ。自分が竜に与えた痛みを知っていたからな」
「………………」
ソーマが見せた苦痛の表情を思い出す。
竜読みとは、竜とのコミュニケート能力を持つ者のこと。竜の声を聞き取り、その意識を感じる能力のこと。テグもまた、ソーマが感じ取っていた竜の苦痛を感じていたのだろうか?
「……今にして思えば、親方は自分の正体を知るために狩猟船乗りになったんじゃねえかな。竜と言葉を交わしてその心を知ることで、自分の正体を知ることができると思っていたんじゃ」
「………………」
テグ・ランディスは、ある日とつぜんケアズに姿を現し、そのまま狩猟船乗りとなったというが、ケアズに至るまでの経緯を知る者はいない。
彼がいつどこで生まれたのか、死んだイルフィの母ですら、そのことは知らなかったという。
「……ちょっと待って!?」
その時イルフィは、飛んでもないことに思い当たり、思わず席を立ち上がった。
「セリンさんは、竜読みの正体が、ソーマ君のような特異体だって、言ってたよね?」
「ああ、そう言ってたな」
「じゃあ、父さんも特異体だった、っていうわけ!?」
「……もしそれが本当のことなら、そういうことになるな」
「そんな……父さんが特異体だなんて……」
「……別に、隠そうと思っていたわけじゃないんだ。ただ、親方が自分の口からこのことを話さなかったのなら、きっとおまえには隠しておきたかったんだろうと思ってな」
「……うん、多分そうだと思う」
イルフィは力無くうなづく。
狩りの場にのぞむ度に、竜の放つ憎悪や怒りの念を受け止めることは辛いことだ。そして、その死の苦痛をも感じてしまうとしたら、とても常人の精神力で耐えられるようなことではないだろう。
テグは、その悩みを彼女には見せまいとしていたのだろうか。父親として、男として。
「………………!?」
「どうした、イルフィ?」
父は、単に自分の苦しみを見せまいとして、竜読みであることを隠していたのだろうか?
もしかして、その血をひくイルフィの能力を目覚めさせないために……!?
思い当たることはいくつもあった。
船長として、最初の狩りに望んだ時のこと。竜の大群が襲ってきたときのこと、そして、今も聞こえてくる、ソーマの呼び声……。
母親が死んでも、他の狩猟船乗りのように自分を船に乗せなかったのは、もしかすると……。
「イルフィ? おい? イルフィ?」
「ごめん、あたし、セリンさんに話を聞いてくる!」
イルフィが立ち上がろうとしたそのとき、サバンスが声を上げた。
「お嬢様、神竜が……!!」
「!?」
ブリッジを出たセリンは、おぼつかない足取りでふらふらとイルフィの私室へたどり着くと、寝台に身体を投げ出した。
あの竜人たちに襲われた時、どうやら身体機能にかなりの損傷を受けたらしい。
自己診断モードを起動すると、他人には見えない光の窓が彼女の視界にいくつも展開した。
診断プログラムを走らせ、状況を確認する。身体コンディションを表すウィンドが次々に赤く染まっていった。
メモリーバンクに、著しい損傷があった。今はサブメモリにデータを待避させて現場を維持しているが、そう長くは持つまい。コントロールプログラムを失えば、この義体の機能は完全に停止するだろう。
診断モードから抜けると、視界が元に戻る。
もう、時間がない……この義体が駄目になるまえに、何としてでもテルファスにコンタクトをとり、彼の最終行動を阻止しなければ。
セリンは、寝台のサイドデスクに小さな額縁がおかれていることに気づき、手に取った。それは部屋の中におかれた、イルフィの唯一の私物であった。
色あせた写真。幼い頃のイルフィが、父親と思しき人物と並んで写っている。
おめかしをし、気取った笑みを浮かべているところを見ると、おそらく誕生日かなにかの記念写真に違いない。
おだやかな表情で娘を見守る父親、そして、自分の幸福を疑いもせず喜びを浮かべる娘。
セリンは、指先でそっとなでた。写真の中のイルフィの顔が、自分の幼い頃の姿と重なる。いつまでも続くと思っていた、幸せな日々の中にいる自分に……。
……もう、世界は彼らのものなのだ。自分たちの祖先は過ちを犯し、そして、この世界を失った。それは当然の報いなのだ。
我々に、彼らの幸福を奪う権利はない。テルファスは間違っている。それが、父や母の仇をとるという目的であったとしても。
セリンは自己修復プログラムを立ち上げ、メモリーバンクに応急処置をほどこす。完全な修復は不可能だろうが、少しでも長く、この義体の機能を維持しなければならない。
船体がかすかに揺れる。どうやら、降下を開始したらしい。
伝声管から、イルフィの声が響いた。
『セリンさん、神竜が降下を始めました。どこかに降りようとしているみたいです』
「判った……今上がる」
部屋を出る間際、彼女は振り向き、額縁の写真をもう一度見つめた。
古から続く、このエアシーズの悲劇を、何としてでも終わらせなければ……。
2
セリンがブリッジに戻った時、船はかなり高度を下げていた。
イルフィたちは、地上に広がる光景に視線を奪われ、ぼう然とながめている。セリンにとっては懐かしい、そして悲しみにみちた風景だった。
直径二キロ以上に及ぶ、巨大な円形の建築物がそこにあった。高さは百メートル以上はあるだろう。
屋根に当たる部分には、無数の六角形の穴が規則正しく並んでおり、一見、蜂の巣のようにも見える。
「……でけえ。なんなんだ、この建物は?」
光景に圧倒されたリューガがつぶやいた。
「あれが、人工生体の生成プラントだ」
「……人工生体ってなんですか?」
「竜や、特異体、そして……」
「……?」
「……古代人たちが、自らの手足として使役するために作り出した、人工の生命体を製造する工場だ」
「竜を製造する工場だ!?」
リューガは握りしめた拳を奮わせ、怒りを含んだ声でつぶやいた。
「それじゃあ、カムジン……テルファスの言ってたことは本当だったのか!?」
「そうだ。竜たちはここで生まれ、世界に広がった……そして、この工場は、今でも生きている」
「それじゃあ、今世界中にいる竜たちは……」
「むろん、ここで作り出されたものだ」
「!?」
イルフィたちは言葉を失い、ぼう然と立ちつくした。
重苦しい沈黙、と、神竜の動きに気づいたサバンスが言葉を発した。「お嬢様、神竜が、あの施設に向かって降りていきます」
「神竜が!?」
神竜は施設のほぼ中心の上空で羽ばたきながら静止していたが、ゆっくりと降下してゆくと、施設の屋根に開いた穴のひとつに飲み込まれていった。
「リューガ、あの施設の前に降ろして」
「降ろすったって、どこに降ろせば……第一どこが入り口なんだよ? この大きさじゃ適当に降りて探すったって、一苦労だぞ」