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竜王号の冒険

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「いいから指示に従いなさい!」
『せ、船長、ちょっと待つっす!』
 イルフィはインカムのスイッチを切ると、リコに言った。
「リコ、竜の前に回り込んで。『目つぶし』でこいつを仕留めるわ」
「え、でも船長……」
「いいから、やりなさい!!」
「は、はいっ!!」
 イルフィの気迫に気押されたリコは、竜核機関の出力をあげ、加速に移った。
 機関部がまるで蜂の羽音のようなうなりをあげ、艇は急加速しながら竜の前に回り込んでゆく。竜がスローモーションのようなゆっくりとした動作で鎌首をもたげ、イルフィの挙動を見守る。
 複眼の下に口のような器官がぽっかりと開き、不潔な粘液がそこから滴っている。
 竜はモノを食べない。口のように見えるその器官は、ブレスを吐き出すためだけに存在する、竜の武器なのだ。
 弱点の複眼めがけてイルフィが銛を撃ったのと、竜がブレスを吐いたのは、ほとんど同時だった。
 ブレスの攻撃に気付いたリコは、急いで舵を切り、回避行動に移る。だが、わずかに間に合わず、灼熱の温度を有するガスの帯が艇の縁をかすめた。
 激しい衝撃に、イルフィは銃座から放り出された。
「キャァッ!」
「船長!」
 リコは必死の操縦で、艇の安定を回復させる。
 イルフィは、手すりに手をかけ、なんとか身体を起こす。だが、頭を上げた彼女は、視界に飛び込んできた光景に絶句した。
「……!!」
 竜の頭が、そこにあった。指呼の距離から二発目のブレスを吐こうとしている。
 この至近距離から撃たれれば、まず回避などできるはずもない。イルフィは為すすべもなく、その場に立ちつくす。
 だが、ブレスを吐こうとしたその時、激しい衝撃が竜を襲い、イルフィの命を救った。
 一瞬、視界をふさぐ巨大な濃紺の壁が目の前に立ち現れたように思われたが、旋回行動でそのから離れるうちに、イルフィは、その壁が彼女の本船『ドラゴンフライ』であることに気付く。全長三十メートルもある本船が竜に体当たりして、彼女の危機を救ったのだ。
 竜は苦痛の叫びをあげ、錐もみ状にその身体を回転させながら、落下していった。
『イルフィ、無事かっ!?』
 リューガの呼びかけに、イルフィはようやく我に帰る。
「あ……うん、ありがとう、なんとか無事よ」
『まったく、『目つぶし』なんて無茶しやがって……』
「今はちょっと油断しただけよ! 今度は成功してみせる」
『あのなあ、そんな簡単にできるもんじゃねえんだ、あれは』
「父さんだって、よくやっていたっていうじゃないの」
『親方のは特別だ。なにせ……』
「なんだっていうのよ?」
 一瞬口ごもったリューガの口調にイルフィは不審を覚えるが、そのことを問いただすよりも早く、リューガが答えを返してきた。
『……とにかく、まだまだ素人に近いおまえができる芸当じゃねえってことだよ』
「……いってくれるわね」
『まあ、そんなことはどうだっていいや。のんきに話してるひまはないぞ』
「そうだった。あの竜はどこかしら……」
 イルフィは竜が落下していった方角を見下ろす。空の低いところをちぎれた暗雲がとぎれとぎれに流れていく以外に、動くものを確認することができない。
「海に落ちたかな?」
『あんなんでしとめられたとは思えないな。多分どっかに隠れて、こっちに仕掛けてくるチャンスを狙ってるんだ』
 海面近くに降りて、竜を探すか、このままの高度を保って竜が再度現れるのを待つか……イルフィは少しの間考え込み、そしてリューガに指示を発した。
「高度を落として、海面を調べよう。このまま奴を逃がして、コボレにしてしまうわけにはいかないし」
 狩猟中に変容し、そのまま取り逃がしてしまった竜のことを、狩猟船乗りたちの言葉で『コボレ』と呼ぶ。
 コボレは通常の竜よりも性格的に凶暴で能力的にも強いために、狩猟船乗りからは忌み嫌われている。実際に、コボレによる被害は狩猟中の事故の、実に六割以上に及んでいるのである。
 コボレを出すことは狩猟船乗りにとって、もっとも恥ずべきこととも言えることなのだ。
『待てよ、イルフィ』
「なによ」
『高度をさげると、船の揚力を維持しづらくなるぞ。竜に仕掛けられたら危険だ』
「でも、ここで待機し続けて結局逃げられたらどうするのよ?」
『……わかった。高度を落として竜を探そう』
 リューガが彼女の言い分に納得して、自分の意見を取り下げたのではないことを、イルフィは気づいていた。彼は、船長であるイルフィの立場を立てたのだ。そのことは彼女にとって決して快い事実ではなかったが、今は彼と言い争っているひまはない。
「リコ、艇の高度を海面五十メートルまで落として」
「了解しましたぁ!」
 イルフィの艇に合わせて、二号艇と本船も高度を落としていく。
 雲海の下に出ると、それまで四方から吹きつけていた風が一定の方向からだけ吹くようになり、雨も上からしか落ちてこなくなる。
 決して嵐が弱まったわけではないが、規則性を持つようになる分、上空にいるよりは操船がしやすくなる。
 だが、狩猟船にとっては、決して望ましい状況であるとは言い難かった。
 地面(海面)に近づく分、船の揚力は弱まり、高度を維持することが困難になる。軽量の小型艇ならともかく、大型の狩猟船のバランスを保つのは、そうとう力量を要求されることである。
 イルフィは身を乗り出して海面を見わたす。
 海面は強風にあおられて高波が立っており、浮いているものなどどこにも見えなかった。水は暗くにごり、水面下の様子はほとんどうかがえない。
『いないっすね、船長』
 左舷方向百メートルほど離れた場所を飛ぶ小型艇から海面を見張るダグーがつぶやく。
『油断すんなよ、ダグー。いきなり水の中から飛び出してくるかもしれないからな』
『お、脅かしっこなしですよ、リューガさん』
 ……そのとき、巨大な影がイルフィの艇の真下を通過した。
「あっ!?」
『イルフィ、いたか!?』
「今、水中を影が……!!」
 後方を飛んでいたドラゴンフライの船首がまばゆい光を放った。備え付けのサーチライトを点灯させたのである。
 光の輪が、海面を照らし出し水中の影を探る。だが泡立つ白い波頭と、黒々とうねる水面のほかに、見えるものはなにもない。
『……何も見えないぞ』
「影が見えたのは確かよ。ちょうど艇の真下を、後方に向かって進んでいったわ」
『さては、もっと深いところに潜ったかな……』
「リコ、ぎりぎりのところまで高度をさげて」
「は、はい!」
 波頭ぎりぎりの高さまで艇は降下した。
 と、海面を見回していたイルフィの脳裏に直接響くように、何者かの声が聞こえた。
(コロス……!)
「えっ……!?」
 あわてて周囲を見わたす。艇の上にはリコがいるが、低くしゃがれたその声は、明らかに彼女のものとは違う。二号艇は離れているので、それに乗っている者の声が直接聞こえるはずがない。
「……今の声は、なんなの?」
『イルフィ、どうかしたか?』
「……リューガ、今何かいった?」
『言ってないぞ、何も』
「そう……」
『……なんだってんだよ? おい、イルフィ?』
 その時、はるか上空からイルフィたちに向かって降り注ぐ、強力な『気』のようなものを彼女は感じた。
作品名:竜王号の冒険 作家名:かにす